2-10 変われることを、変えられることを
オーサがキデック先生を殺してしまったことが哀しくて、ポロポロと涙をこぼしてしまう。破壊の神はそんなぼくの姿を、満月のような両眼で冷淡に見下ろしている。
「なぜ泣く。お前にとってもこやつは邪魔者であったはずであろう」
「そりゃ先生のことは大嫌いだったけど、だからといって死んじゃえばいいと思うほど憎んでいたわけじゃないよ。それにぼくは君が、オーサが――」
命を奪う姿なんて、見たくなかった。
だけど最後まで言葉にならず、ぼくはハッと顔をあげる。
すぐ近くの足元、異様な臭気を放つ黒い沼からふいに手が伸び、続けて苦しそうな声とともに見覚えのある顔が飛びだしてきたのだ。
先生は――まだ、生きている。
「だずげ……だずげでぐでええ……げほっ! ぐべっ! おおぅぅ」
「待っててください! 今、引っぱりあげますから!」
ほとんど埋もれていた先生を、沼からなんとか引きずりだす。
奈落の魔人より小さかったから逃れることができたのか、それとも自力で避けたのか。いずれにせよ不遜な態度は見る影もなく、持ち前のプライドすらかなぐり捨ててぼくにしがみついてくる。
「ぬう、運のいいやつめ。次こそは滅ぼす。そこをどけクラウン」
「嫌だ。お願いだからさ、いつもの君に戻ってよ」
返事の代わりに、オーサはぼくごと先生をなぎ払った。
前足で吹き飛ばされて宙を舞い、沼地にべしゃりを叩きつけられてしまう。
甘かった。
話を聞いてくれると思っていた。
だけど破壊の神は自らの姿を侮辱されて怒り、荒ぶっている。
「勘違いするな。戯れに手を貸したとはいえ、オーサはお前の従僕にあらず。目障りならば滅ぼす。たとえお前であっても――だからこれ以上、苛立たせるな」
ぼくは首に巻いたケープを強く握り、心の平静さを取り戻す。そして両手を広げてキデック先生をかばうと、黒い獣が巨木のような前足を振りあげてくる。
だけど途中でぴたりと止めて、
「お前は本当に愚かだ。守るべきものとそうでないものをはき違え、あれほど侮辱されてもなお、こやつが認めてくれることを期待しておる。ありえぬぞ、そんなことは」
「かもしれないね……。でも変われるって、変えられるって信じなかったら、ぼくは一生ドブネズミのままじゃないか。先生にしたってそう、君にしたってそうさ」
世界を滅ぼす力がある君のことだから――こうやって怒りに身をまかせて、暴れてしまうことだってあるかもしれない。
そうしてなにかを壊したら、出会ったときみたいな顔でまた後悔して、自分でもわからないうちに傷ついてしまうのだろう。
ぼくは守りたい。先生だけでなく、オーサの心も。
「信じているから、君が本当は優しいやつだって」
「つくづく忌々しいやつめ。よおく考えてみろ。今ここで手を差し伸べたところで、こやつの性根が変わることはない。相容れぬものを見逃せば、いずれその牙はお前の喉笛を噛みちぎる。そのときにオーサが正しかったと気づいたところで、遅いのだぞ」
「だから奪うの? 先生の命を。もしかして……ぼくのために?」
ぼくの問いに、破壊の神は沈黙を返す。
それが答えだった。
オーサは怒りに我を忘れたわけじゃなくて、最初からこうするつもりだったのだ。
決闘すると決めたとき、ぼくの敵となりうる先生を――滅ぼしてしまおうと。
「心配してくれてありがとね。でもぼく、強くなるから。誰にも負けないくらいに」
まったく……不器用すぎるよね。君も、それにぼくも。
震えてしがみついてくる先生をなだめつつ、巨大な影を見すえると、破壊の神はふんと鼻を鳴らした。
『ならば示してみよ。変われることを、変えられることを』
頭の中に直接、魔法の知識を流れてくる。
ぼくの覚悟を試すみたいに。神の試練みたいに。
「無茶言わないでよ。そんなのできるわけ――」
「ならばこやつを滅ぼすまで」
「わかったってば! どんな魔法だって使えるようになってみせるよ!」
ヤケになって告げると巨大な影から真っ黒な毛が伸びてきて、キデック先生の身体に絡みつく。悲鳴をあげる先生に心の底から同情しつつ、ぼくは語りかける。
「てことですみません。成功するまで死なないでください」
「私になにをするつもりだ……」
「魔法の実験台にしてやる。たまには教師らしく生徒に尽くしてみよ」
「やめ……嫌だ……ああ、ひぎゃあああああああああああああ!!」
暗闇の中で、悲痛な声が響き渡る。
残念ながら逃げ場はなく、おまけに時の流れがゆるやかだから、ぼくは何度だって試すことができた。




