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ぼくの猫は破壊神 〜魔法学園の落ちこぼれ、最強の使い魔を復活させて成り上がる〜  作者: 芹沢政信
二章 禁呪を使ってしまったぼくが、先生に決闘を挑む話
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2-4 禁呪

「君たち二人は本当にうまくやっていた。ターゲットを襲いはしても軽傷ですませ、決して殺人は犯さない。騒ぎが大きくなれば騎士団がやってきて、なすすべもなく検挙されるとわかっていたからだ」


 キデック先生は見透かすような視線を注ぎつつ、その場にいたかのように語る。

 彼の発言はまぎれもなく真実で、虚飾は一切含まれていなかった。


「君たちはある意味、義賊だったのかもしれない。奪った金銭は自らの飢えを満たすだけでなく、同じく貧困にあえいでいたスラムの子どもに配っていた。しかし私はやはり薄汚い盗賊でしかないと考える。なぜだかわかるか?」

「……ぼくたちが襲う相手を選んでいたからです」

「そうだ。女を、子どもを、老人を。報復を恐れて貴族は狙わず、自分たちよりわずかに裕福な、しかし生活に余裕があるとはいえぬ弱者から金銭を巻きあげていた」

「先生の言うとおり、あのころのぼくたちは畜生にも劣る盗賊でした」


 スラムに住む子どもたちで、犯罪に手を染めるものは珍しくなかった。

 それでもぼくたちは誠実に働き、苦境を乗り越えようとしていた。

 メグが、冷たくなるまでは。


「でした、とな。今はちがうと言いたいわけか。立派に更生し、由緒ある魔法学園に通い、やがては一人前の魔法使いとなり、社会に尽くすと」

「もし許されるのなら、そうでありたいと願っています」

「ほう、それは美談として語られるな。偉大なるハクラム師の功績が、また一つ増えるわけだ」


 そう、ぼくたちを救ったのはハクラム師だ。

 自らスラムに足を運び、ぼくたちを捕えて罪を償わせたあと。

 二人とも魔法の資質を備えているとわかると、身元引受人になってくれた。


「ハクラム師は言いました。ぼくらは力の使い方を知らないだけだと。だから魔法学園に通い、その方法を学ぶべきだと――そう言ってくださったんです」


 オーサがじっと見つめてくる。

 そうだよ。

 奪うことをやめて、与えられるようになれと、そう言ってくれた人がいて。

 だからあのとき君に送った言葉は、ぼくが貰った言葉でもあるんだ。


「キデック先生、ぼくに機会をください。品格が必要だとおっしゃるなら、身につけてみせます。それがハクラム師に――恩人であるあの方に報いることができる、たった一つの方法なんです」


 罪を償ったところで、盗人だった過去が消えるわけじゃない。

 だから前を向いて、胸を張って生きるためには、変わらなくちゃいけない。

 しかしキデック先生は、ぼくの言葉を鼻で笑う。


「私の意向は変わらん。実のところハクラム師のことにしても、それほど好いていたわけではないのでね。若かりしころは比類なき魔法使いであったが、晩年はもうろくしたらしく、偽善的かつ自分本位な活動に明け暮れていた」

「……スラムの根絶に尽力し、類稀な治癒の魔法によって、不治の病に苦しむ人々を救ってまわったハクラム師が、偽善的で自分本位だとおっしゃるのですか」

「かぎりある時間と力を浪費したという意味においては、まさにそのとおりじゃないか。スラムなど無視すべきだ。治癒の魔法を使うのは貴族に限定すべきだった。あるいは北方の未開拓地域に出兵し、いまだ抵抗を続ける辺境の亜人族どもを根絶やしにすべきだった。エルダンディアは今なお、一枚岩ではないのだから」

「そういった行いこそが、魔法使いの品格だと?」


 自分の声に驚くほど侮蔑の色が宿っていて、ぼくは驚いた。

 キデック先生にも当然、伝わっただろう。

 しかしその佇まいは揺らぐことはなく、


「ガードナーくんは君よりも利口だな。品格に劣るなら資質で補えばいいと考えている。結局のところ力がなければ、いくら吠えたところで誰も耳を貸さない」


 キデック先生は立ちあがると、侍従を呼ぶように手招きをする。

 すると部屋の隅に置かれていた水瓶が宙に浮き、ぼくの前にストンと落ちた。


「私とて慈悲はある。だからチャンスだけは与えよう」

「上等です。ぼくは今、あなたをぶん殴りたい」

「そうすれば君は退学さ」

「わかっています。だから――」


 示めすしかない。

 ハクラム師の行いが正しかったことを。

 よほどのことがなければ不合格にするのなら、よほどのことをしてやればいい。


「完膚なきまでに打ちのめしてやりますよ」


 ぼくはそう言って、再び大きく息を吸う。

 オーサがにやりと笑っている。だから不安なんてなかった。


 魔法というのは歌に似ている。

 世界を構成する要素を取りこみ、徐々に解放する。

 内から発せられたその力動は、空間を震わせながら伝播し、万物に干渉していく。

 魔力は見えざる手となって瓶に触れ、中に入った水に影響を与える。

 ときには大胆に、ときには繊細に、そのものの性質を変化させるのだ。


「おお……なんとっ!」


 キデック先生が驚愕の声を漏らす。

 オーサですらピンと耳を立て、ぼくの作品を興味深そうに眺めていた。

 目の前には透きとおった翼が――水によって作られた鳥が浮かんでいる。


 この時点で、課題の条件を満たしていたはずだ。

 だけど満足できなかった。


「飛べ! 願いに応えろ! ぼくはもう……ドブネズミじゃないんだ!」


 世界そのものに告げるように、叫ぶ。

 思い描いたのはガードナーと二人で罪を償い、牢を出た日に見た空。

 ともに変わろうと誓った、あの日の景色。


「クルウウーオォオ――ッ!」


 鳥は鳴いた。

 水でしかないはずの翼をはためかせて。

 そして大きく身体を震わせると、勢いよく弾け飛んでしまった。


「はは……やった! やったぞ!」


 興奮のあまり、ぼくは歓喜の声を漏らす。

 キデック先生は床にへたりこんでいて、その顔は狼狽しきっていた。


「まさか〈物体操作〉ではなく……〈生命創造〉を成し遂げるとは。お前、わかっているのか! 自分がなにをしでかしたのか!」


 やがて激昂した先生は立ちあがり、ぼくの襟首を乱暴につかんでくる。

 肩に乗っていたオーサはひょいと身をかわすと、勝ち誇ったように告げた。


「これで文句はあるまい。ほんの一時とはいえ、クラウンは水の鳥に仮初の命を与えたのだ。まさかよほどのことではないと――そう言い張るつもりではなかろうな?」

「ハハハッ! 認めようじゃないか。クラウンくんは文句のつけようもない、よほどのことをしでかしたと。追試は合格だ、おめでとう」

「認めてくださってありがとうございます」


 そう言いつつも、ぼくは釈然としきれなかった。

 先生の瞳に、嘲りの色が宿っていたからだ。


「しかし残念でならないな。君はやはり学園を去ることになる。なぜなら今の〈生命創造〉の術式は、まぎれもなく禁呪であるからだ」

「なんじゃそれは」


 オーサが首をかしげる。

 一方のぼくは背筋が凍ってしまった。


「掟によって禁じられた魔法さ。許可なく使えば厳重に罰せられる。皮肉な話じゃないか。罪を償い学園の生徒になったというのに――君はまた罪人に逆戻りだ」

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