1-0 プロローグ
広大なエルダンディアの端から端まで、クラウン・ロッドの名は知れわたっている。
三百年ほど経った今でも、その名を冠した英雄譚は大陸のあちこちで語りつがれているし、彼が歴史上もっとも偉大な魔法使いであることに、異論を唱えるものはいないだろう。
君がもしクラウン・ロッドに憧れて、王都テンジルにある魔法学園の門戸を叩いたのなら、図書室の隅にひっそりと飾られた、肖像画を鑑賞してみるといい。
……巻き毛の女の子が、編みものをしているように見えるはずだ。
恥ずかしながら学園に在学していたころの私は、その肖像画に淡い恋心を抱いていた。
そのためモデルになった少女について、司書の先生にたずねてみたことがある。
「肖像画のモデルが誰かって? そんなのクラウン・ロッドに決まってるじゃないか。ちょうど今の君と同じくらいの年かな。あのころの彼は図書室の隅でぴーぴー泣きながら、雑巾みたいなケープを織って学費を稼いでいたのさ」
私がその話を聞いて、どれほど驚いたかはあえて語るまでもないだろう。
それから司書の先生は、学生だったころのクラウン・ロッドの話をしてくれた。
まるで実際に見てきたかのように。
あるいは本当にそうだったのかもしれない。
「これからぼくが話すのは、世間で語られているような英雄譚じゃないからね。もしかすると君のような若者には、刺激が足りないかもしれないよ」
そんなことがあるわけもなかった。
なぜなら司書の先生が話してくれたのは、図書室の隅でぴーぴー泣いていた女の子みたいな少年が、希代の大魔法使いになるまでの物語だったからだ。
その名が突如として、エルダンディアの歴史から消えるまで。
クラウン・ロッドは小さな猫を従えて。
世界を七回も救い、うっかり三回ほど滅ぼしかけた。
すべてのきっかけは、そう。
彼が学費を稼ぐために織っていた、雑巾みたいなケープにある。