7 霊獣の封印
広崎が驚いて風太に訊いた。
「レイジュウってなんだい?」
「逆に聞いて悪いけど、魔界の存在が、この前のような幽霊や妖怪だけしゃないのは知ってるよね?」
「うーん、よくわかんないけど、例えば何?」
「霊獣で有名なのは、東西南北を守護するという青龍・白虎・朱雀・玄武の、いわゆる四神だね。それから、獅子・麒麟・鳳凰などかな。西洋でいうとスフィンクスとかフェニックスとか。ちょっとレベルが高いというか、次元が異なるというか、桁違いのパワーを持ってるんだ」
「まあ、なんとなく、聞いたことはあるけど、そんなおっかないものが、おれに取り憑いたってこと?」
すると、パペットの口が開き、ほむら丸のしゃがれた声が聞こえてきた。
「憑依ではござりませぬ。広崎どのは、いわば依代とされたのでござりましょう。何者かが因果を操り、この地に眠る霊獣の封印を解こうとした気配がありまする」
玄田が申し訳なさそうに口を挟んだ。
「あのー、すみません。チンプンカンプンなんすけど」
畑中が「わたしが後でじっくり解説してあげるわ」と笑った。
その時、錦戸がワゴンに乗せてスープを運んで来た。
「食欲はないでしょうけど、一応、パンもお持ちしましたわ」
ベッドに座っている広崎を見て「あら、起きて大丈夫なんですか?」と声を上げた。
広崎はケロリと「はい、もう元気になりました」と答えた。
驚きのあまり固まっている錦戸に、畑中が声をかけた。
「あなたにも経緯は後でゆっくり説明するわ。それより、冷めないうちにスープをあげたらどうかしら」
「あ、そうですね」と頷き、広崎に「食欲はありますか?」と尋ねた。
「スープの匂いに反応して、おれのお腹がグーグー鳴ってますよ」
そのままベッドから立ち上がろうとして、広崎は「あれ?」と首を捻った。
「どうしたの?」と畑中。
「あ、いえ、全然体に力が入らないんです」
風太が近づいて、「ちょっとゴメンよ」と言いながら広崎の片手を持ち上げ、パッと離すとそのままダランと下に落ちた。
「うーん、ぼくの予想以上に体力を消耗したようだね。慈典、少しでもいいから食べて、寝た方がいい。三大美徳だよ」
二人のやり取りを聞いていた錦戸が申し訳なさそうに、広崎に頭を下げた。
「すみません。わたくしが大阪城にお誘いしたばかりに」
「あ、いえ、錦戸さんは、ちっとも悪くありません。おれなら大丈夫ですから」
広崎は無理にベッドから立ち上がろうとした。
錦戸はあわてて、「あ、待ってください。そちらに持って行きますから」と広崎を止め、ワゴンのままスープとパンをベッドの横まで運んだ。
「どうぞ、ベッドの上でお召し上がりくださいね」
「すみません。それじゃ、いただきます」
広崎はカットされたフランスパンを手に取り、一口サイズに千切ろうとしたが、指先に力が入らないようだ。
「まあ、お可哀相に」
見かねた錦戸が、別の一切れから一口分千切り、少しスープをひたして広崎の口元に差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
食べながら、広崎はみるみる真っ赤になった。
見ていた畑中はニヤニヤ笑って、「ちょっと、お待ちなさい」と言った。
「それじゃ、まるで披露宴で新郎新婦がやるファーストバイトよ。微笑ましいけど、広崎くんがまた熱を出しちゃうわ」
畑中はベッドのところまで歩いて来ると、「出しゃばって、ごめんなさいね」と錦戸に断り、皿の上のパンを指先で器用に全部一口サイズに千切った。
「ほら、広崎くん、これなら自分で食べられるでしょ?」
「あ、はい」
「食べられるだけ食べたら、少し寝た方がいいわ」
「はい」
まるで子供扱いである。
畑中は笑顔のまま、皆の方を向いた。
「それじゃ、わたしたちも、そろそろお昼にしましょう。良かったら、風太さんもご一緒にどうかしら?」
風太は珍しく真顔で手を振った。
「あ、いや、ぼくは」
「あら、服装なら気にしなくていいのよ」
風太は苦笑した。
「それもありますが、ずっと路上パフォーマンスの実入りがなくて、その、お金が」
畑中は、ポンと自分の胸を叩いた。
「わたしの奢りよ。広崎くんを助けてくれたお礼の気持ち」
すると、玄田が「あのー」と遠慮がちに声を出した。
「もちろん、玄田くんや、元気があれば相原さんもよ。お姉さまに任せなさい!」
「あ、いえ、そうじゃなくて、ファーストバイトって、何すか?」