6 陽の半結界
どうするべきか躊躇っている錦戸に、畑中が笑顔を見せ、「その人なら大丈夫よ」と請け合った。
「わかりました。こちらにご案内します」
しばらくして、錦戸に連れられて風太が部屋に来た。
風太を部屋に入れると、錦戸はスープを用意すると言って、すぐに戻って行った。
風太は、相変わらずトレーナーにデニムのオーバーオールという服装で、色褪せた布製のショルダーバッグを肩にかけている。広崎以外は知らないが、路上パフォーマンスのせいか、全体的に薄汚れているようだ。アフロヘアーは少し伸びていたが、アルカイックスマイルに変わりはなかった。
「お久しぶりです、畑中理事長」
畑中は「こちらこそ」と言って手を差し出したが、風太が笑顔のまま首を振ったので、頷いて手を引っ込めた。
「先月はありがとう。おかげでファミリー感謝祭は大成功だったわ。色々お話ししたいんだけど、今、ちょっと広崎くんが体調不良なの」
だが、風太は知っているらしく、「ええ、それで来ました」と告げた。
「あら、それじゃ、やっぱりそういう原因なのね」
横で聞いていた玄田が「え?」という顔をしている。
風太は、「とりあえず、様子を見させてください」と言って、ベッドルームに入った。
「やあ」
広崎に声をかけたが、先ほど声を振り絞ったせいか、まだ呼吸が荒い。
「ああ」
それだけ応えるのが、精一杯のようだ。
風太はショルダーバッグを荷物置きに降ろすと、改めて広崎のそばに近づいた。
「慈典、ほんのちょっとの間でいいから、ベッドの上で座れないか?」
「うん」
何か察したらしい畑中は「玄田くん、手伝ってあげて」と指示した。
玄田に上半身を起こしてもらい、広崎はなんとかベッドの上に座った。
風太は、ショルダーバッグから男の子のパペットを取り出すと、左手にはめた。
「ほむら丸、頼むよ」
「御意」
パペットの顔を壁面に向けると、風太は数式らしきことをブツブツと呟きながら、ベッドルームの中を反時計回りに回り始めた。その間も笑顔は絶やさない。
ベッドの手前まで来ると、履いていたスニーカーを脱いで空いている右手に持ち、ひょいっとベッドに飛び乗った。その間も、パペットの顔は壁に向け、数字やアルファベットを呟き続けている。
そのまま広崎の背中側を通り抜け、ベッドからひょいっと降りてスニーカーを履いた。元の位置まで戻ると立ち止まり、風太は「はい、完了」と言ってこちらを振り向いた。
その瞬間、広崎は「あっ」と声を上げた。
「広崎くん、どうしたの?」畑中が心配そうに声をかけた。
しかし、広崎からは思いもよらない答えが返って来た。
「もうなんともないです! 熱も痛みも、ウソのように消えました!」
「良かったね」風太は一段と笑顔になり「でも、これは対症療法だから、治ったわけじゃない。当分この部屋から出ちゃダメだよ」
「ああ、そうするとも。あんな苦しい思いは、もうごめんだ。今やったのは、この間見せてくれた、なんとか結界というやつだね」
「まあね。正確に言うと、この前のは陰の半結界で、今回は陽の半結界だから、回る方向が逆なんだ。前回と逆に、魔界からの影響が入って来れないようにするものだ。でも、思ったより症状が軽くて良かったよ」
パペットの口が動き、しゃがれた老人の声が聞こえてきた。
「われの差し上げた御守りが、多少効きましたかな」
広崎は、ズボンの尻ポケットからクシャクシャになったハガキを取り出し、「そうだったのか」と頷いた。
驚いて言葉も出ない様子の玄田の横で、畑中はニヤリと笑った。
「やるじゃない。伯父とはずいぶんやり方が違うけど」
「ああ、斎条さんですね」
「伯父はもっと大げさに髪を振り乱してやるわよ」
「そうですか。でも、結界はパワーではなく技術の問題なので、別に力まなくてもできますよ」
「ふーん、するとあれは営業上の演出なのね」
風太は笑って答えなかった。
やり取りを黙って聞いていた玄田は、好奇心を押さえられなくなったようだ。
「どういうことすか? 何がどうなってるんすか?」
広崎が説明しようとする前に、風太はニッコリ笑って想定外の答えを言った。
「誰かが霊獣の封印を解こうとしているのさ」