4 ヒートショック
髪をおろすため、少し遅れて来た相原を加え、五人で外に出た。生憎小雨がパラついてきたため、入口近くにいたベルガールに貸し出し用のビニール傘を渡された。
その後、錦戸は制服のポケットからアメを出し、広崎たちに配った。
「みんなから、おばちゃんみたいって笑われるんですけど」
いつでも人にあげられるように、持ち歩いているらしい。ミントの爽やかな味がした。
外は少し肌寒く、空もどんより曇っている。もっとも、小雨は降ったり止んだりで、激しく降る心配はないようだ。
一行は、第二寝屋川に架かる小さな橋を渡り、大阪城ホールの横を通り抜けて行く。
歩きながら、錦戸が説明を始めた。
「現在、オオサカという地名・施設名はすべてサカの文字にコザトヘンの『阪』を用いますが、江戸時代までは、ほとんどの場合ツチヘンの『坂』を使っていたそうです。明治維新の後に変更した理由については諸説ありますが、土が武士の士に見え『大いに武士が反乱する』と読めて縁起が悪いから、とも言われています」
玄田が「マジすか?」と言い、相原から「しっ」と窘められた。
錦戸は笑顔で説明を続けた。
「さて、このあたり一帯は、戦国時代には石山本願寺という浄土真宗の寺院があった場所でした。戦乱が終息すると、そこに豊臣秀吉が天下統一のシンボルとなる『大坂城』を造りました。当時来日していたヨーロッパの宣教師たちも、その巨大さに驚いたそうです。ところが、『大坂夏の陣』で豊臣家が滅んだ後、徳川幕府によってここは徹底的に埋め立てられ、完全に作り変えられてしまいました。場所によっては十メートルも土が盛られているところもあるそうです。尚、現在の天守閣は昭和の初めに復元されたものですが、鉄筋コンクリートの城としては、現存する最古のものとのことです」
一行はさらに外堀を渡り、内堀に架かる橋に向かって歩いて行く。平日で、大阪城ホールでイベントもないらしく、ほとんど人通りがない。
話している錦戸を先頭に四人が続くが、体調不良の相原がやや遅れ気味になっている。それに、錦戸の話す『大坂城』の歴史に関心のない様子の玄田が少し離れて来て、一行は、かなり広がって歩いていた。
まさに、その時であった。
「うああああああーっ!」
突然、広崎が叫び声を上げたのだ。
「広崎くん、どうしたの!」畑中が叫んだ。
他の三人も驚いて広崎を見た。
広崎は真っ赤になった顔を苦痛にゆがめながら、左足の腿のあたりを両手でつかんで呻いている。ビニール傘は地面に落としていた。
「あっ、あっ、熱っ。痛っ!」額からあぶら汗が流れていた。
普段ボーッとしている玄田が、ビニール傘を投げ捨て、血相を変えて駆け寄って来た。
「先輩、大丈夫すか!」
ヨロヨロと倒れそうな広崎を、玄田が自分の肩で支えた。
玄田の反対側から、畑中が片手で広崎の腕を掴み、もう一方の手で傘を差しかけた。
「ここじゃどうにもならないわ、全員、一旦ホテルに戻りましょう!」
さらに畑中は、錦戸に頼んだ。
「錦戸さん、ハウスドクターに連絡取ってちょうだい!」
錦戸はすでに携帯電話をかけていた。
「はい。今、電話しています。部屋で待機してもらうよう、お願いしました」
「ありがとう。それから、相原さんも無理をしないで、部屋に戻って休んでね」
「すみません」
広崎はハアハアと苦しそうに息をしているが、かろうじて意識はあるようだ。だが、畑中は、掴んでいる腕から伝わる熱の高さにギョッとした。
「広崎くん、これからホテルまで戻るけど、歩ける?」
「は、はい」
畑中と玄田の二人で、広崎を両側から支えながら、少しずつ歩き始めた。
途中まで来たところで、錦戸から連絡を受けた大阪のスタッフが駆け付けて来たので、彼らと交替する。畑中たちは、広崎を守るように、その傍らを歩いた。
だが、広崎自身は、もはや周囲の状況もわからなくなり、全身の燃えるような熱さに、次第に意識が薄れ、歩きながら白昼夢を見ていた。
苦痛のためか、黄色一色の世界だった。
遠くに金色に光るものがあり、熱はそこから来ているようだ。それはぐんぐんこちらに近づき、金色の矢となって左足に突き刺さった。
「あああああーっ!」
「広崎くん、しっかりして!」誰かが広崎の手を握って叫んでいる。
そのまま、広崎は気を失った。