3 大阪で待つもの
早朝、広崎たちはターミナルの駅で待ち合わせ、新幹線に乗り込んだ。一行は男女各二名の計四名である。
それなりにスーツを着こなしている広崎と違い、もう一人の背が高い若い男は、真っ黒に日焼けした首に窮屈そうにネクタイを締め、少し丈の合っていないスーツを着ている。どことなくボーッとした表情と併せ、体だけ大きくなった小学生の入学式のように見える。
向かい合わせに座っている若い女は、髪をギュッと一つにまとめ、いわゆる『おだんご』にしている。やや青い顔をしており、時々痛そうに頭を押さえていた。
もう一人は、他の三人より少し年嵩の髪の長い女だった。具合が悪そうな若い女に、心配そうに声をかけた。
「相原さん、大丈夫?」
「すみません。昨夜の壮行会で飲みすぎちゃって。二日酔いの上に、髪を解かずに寝たんで、今頃痛くなってきました。向こうに着いたら、ドレッサーをお借りして、畑中先輩みたいに髪をおろします」
「そうね。じゃあ、少しでも寝た方がいいわ。遠慮はいらないから」
「でも」
少し恥ずかしそうに俯く相原に、向かい側の若い男が話しかけた。
「そうだよ。寝ちゃえよ。晴美ちゃんが涎たらしても、おれは気にしないからさ」
「バカ!」
広崎が苦笑して、「玄田くん、椅子の向きを戻そう」と立ち上がり、有無を言わさず、座席を回転させた。
間もなく若い二人は前後の席で寝てしまったようだ。朝早い新幹線なので、乗客のほとんども寝ている。
静かに本を読んでいる畑中の前の席で、広崎は絵ハガキを二通手に持ち、交互に読み返していた。
一通目は風太からの絵ハガキである。
裏面に劇場らしい建物が写っていて、看板に大きくひらがなで『よじもと』と書かれており、その下に漢字で四次元新喜劇と表示されている。
関西最大のパワースポット『よじもと』に来ました(笑)。
現在、路上パフォーマンスなどで食いつなでいます。
あと二、三ヶ月ほどは、こちらにいるつもりです。
みなさんによろしくお伝えください。
もう一通の差出人は、なんと、ほむら丸であった。
やはり裏面は写真で、ライトアップされた大阪城の夜景である。
若にお願いして、ハガキとやらをしたためまする。
お嫌いかもしれませぬが、御守りの数式を書きました。
来阪の際には、このハガキをご持参くだされ。
その後に、複雑な数式らしきものが書いてあったが、痒くなるので、あまり見ないようにして、胸ポケットにしまった。
広崎たちは、新大阪に着くと在来線で大阪駅に行き、そこから大阪環状線に乗り換え、大阪城公園駅で降りた。
もう目の前にホテルが見えている。
皆若いのだが、四人の中では比較的年長の畑中が自然にリーダーシップを取っていた。
「いつ来てもこのロケーションの良さがうらやましいわ。この前来た時は真夏で暑かったけど、今回は気候もいいし。そういえば、玄田くんはここに来るのは初めてだったかしら」
「はい。というか、大阪自体が初めてです。修学旅行で京都に行くとき、列車で通過しただけなので」
「そう。今回は今日の午後と明日の午前の研修で、時間の余裕があるから観光もしたいわね。でも、相原さん、少しは良くなった?」
相原はペコリと頭を下げた
「ご心配をおかけして、すみません。朝は最悪でしたけど、かなり、回復しました。せっかくですし、お出かけされるなら、連れて行ってください」
畑中はちょっと立ち止まって、振り返った。
「広崎くんはどうするの?」
「え、ランチですか?」
何も聞いていなかった様子の広崎に、畑中は吹き出した。
「もう着いちゃうから、話は後でね」
一行は水路側の入口からホテルの中に入った。
エントランスを抜けると、吹き抜けの広いロビーである。ロビーの中央にコーヒーラウンジがあり、中二階まで上がると全席が見渡せるので、待ち合わせに利用するゲストが多い。
その中でスタッフがキビキビと動いている。
フロントの横に小柄だが立ち姿の美しい中年の男が立っており、広崎たちの一行を見つけると笑顔で歩いて来た。
「ようこそ」
自分より背の高い畑中と握手を交わす。
「丹野インストラクター、お手柔らかにお願いしますわ」
「いやいや、畑中さんにはもっとハイレベルを目指してもらわないとね」
丹野は広崎を見て、なぜか満面の笑みで、右手を差し出した。
「よく来てくれましたね」
「は、はあ」
畑中の時より長めの握手だった。
各自チェックインを済ませ、二十分後にロビーに集合することにし、男女別にそれぞれツインルームに分かれた。
部屋に入るなり、玄田はニヤニヤしながら広崎に話しかけて来た。
「やっぱり、ウワサは本当だったんですね」
「え、何、ウワサって?」
「広崎先輩がこちら方面に」手のひらを斜めに口元に当て「人気があるってことですよ」
「ば、馬鹿なことを言うなよ」
「わかってます、わかってます、先輩にその気がないのは。でも、不思議とモテますよね。市川先輩に聞きましたよ、例の外国人の件」
「もう、その話はやめろよ。それより、出かける準備をしよう」
「はあい」玄田はちょっと舌を出した。
荷物をクローゼットに入れ、楽な服装に着替えることにする。
広崎は、クローゼット横のテーブルに箱入りの菓子があることに気付いた。見るとメッセージカードが添えられていて、『いこい会より』と書いてある。
玄田も気づいたようだ。
「へえ、お土産ですか」
「ああ。なごみ会の畑中理事長がいるから、大阪の社員会のいこい会が気を使ってくれたらしい。そういえば、部屋も今回はセミスイートだしね」
窓のカーテンを開けると、玄田は感嘆の声を上げた。
「わあ、窓から大阪城がよく見えますね。手前にあるのは大阪城ホールですか」
「ああ」
「NHK大阪も見えるかな」
「この角度からじゃちょっと無理だろう。さあ、そろそろ行こうか」
ロビーに降りると、畑中が同じくらい背の高い女と話していた。
長い髪を後で束ね、グレイのジャケットに白いブラウスの制服を着ている。
「広崎くん、紹介するわ。いこい会理事長の錦戸さんよ」
錦戸は広崎に微笑みかけ、名刺を差し出した。
「はじめまして、錦戸と申します。よろしくお願いします」
名刺には【研修室付き秘書 錦戸麗香】とある。
「あ、こちらこそ」
広崎も名刺を渡し、握手を交わす。手のひらの柔らかさにドキリとした。
続いて握手された玄田も少し顔を赤らめている。
畑中はちょっと皮肉っぽく笑った。
「あらあら。全国のグループホテルの社員会で現在女性理事長なのは、いこい会となごみ会だけだけど、男性陣の反応がずいぶん違うのね」
二人とも美人だが、顔も性格もキッパリしたタイプの畑中に対し、錦戸は全体にやさしそうな感じである。もちろん、そんなことは言えないから、男性二人はドギマギしていた。
その様子を見て、畑中はいたずらっぽく笑った。
「二人とも喜んでちょうだい。錦戸さんが大阪城を観光案内してくださるそうよ」
「はい。お昼までまだ時間がありますし、せっかくですから歩きながら『大坂城』の歴史などをお話ししますわ」




