エピローグ
吾輩は猫叉である。名前はクロちゃん。おかしな名前と笑わば笑え。たまたま吾輩が憑依した捨て猫を拾った少年が、名付け親である。こちらは居候の身、文句は言えぬ。
人間に飼われるのは、生身の猫であった数百年前以来だが、なかなかに居心地が良い。特に、きゃとふど、とか申すあの食べ物の美味いことと言ったら、この世のものとも思えぬほどだ。
最初は、憑依した仔猫が新しい飼い主のもとで落ち着くまでと思っておったのだが、それもあって、もうしばらくは留まることにしたのである。
もちろん、離脱することは何時でもできるし、仔猫が眠っている時などはふらふらと近所を飛び回っている。肉体から離れている時には、塀も壁もスイスイ通り抜けることができるから、人間たちの生活を覗き見させてもらっている。
いやはや、今も昔も人間の愚かな振る舞いは変わらぬものよ。嫉妬、愛憎、陰謀、などなど、下手な歌舞伎よりも面白い。
もっとも、中には吾輩の視線を感じる者もいて、ハッと振り向いたりするが、その時にはもうそこにはおらぬ。神出鬼没が吾輩の信条なのだ。
その日も、朝餉のきゃとふどをたらふく食べてウトウト眠りについた仔猫を離れ、近所の視察に出た。
吾輩の興味はあくまでも人間にあるが、妖の性として、見たくなくとも魔界の存在は見えてしまう。概ね取るに足らない魑魅魍魎の類いで、モゾモゾと蠢くだけで実害はない。
したがって、普段は気にもしないのだが、その日はすぐに異変に気づいた。
いつもは煩わしいほどワサワサいる魑魅魍魎が、まったく姿を見せないのだ。それだけではない。どこか遠いところに、物凄い霊圧のある存在が感じ取れた。吾輩はピンと二叉の尻尾を伸ばした。
「ふむ。古代遺跡の辺りじゃな」
好奇心に駆られたが、本能的に反対方向に逃げ出していた。とても吾輩などが太刀打ちできる域ではない。魔王級の力がある。ひょっとすると、向こうが吾輩の存在に気づいたかもしれぬ。
何百年振りかの恐怖で我を忘れ、全速でその場を離れて行ったが、前方に別の存在を感じた。吾輩の知っている波動だ。
近づいてみると、おかしな髪型の大道芸人がいた。手に西洋人形を持ち、腹話術で寸劇のようなものを通行人に見せている。
ちょうど見物客が途絶えたところで、その西洋人形が吾輩の方を見た。
「久しいのう、猫叉」
「お、おぬしは、犬神か?」
「左様。いかがした、猫叉。大層慌てておるようだが?」
吾輩は警戒しながらも、薄く実体化した。犬神の連れは、おそらく常人ではあるまい。
「大変じゃ、おぬしも早う逃げよ!」
その時、もじゃもじゃ頭の芸人が仏像めいた笑顔で言った。
「どうしたの? ほむら丸の知り合いなら、ぼくが力になるよ」
最後までお読みいただきありがとうございました。
エピローグというより次回予告のようになってしまい、すみません。
なるべく早めに、次回スタートしますので、少しの間お待ちください。
尚、猫叉については、よろしければ拙作『吾輩は猫叉である』をご一読ください。短編です。(さりげない宣伝(^^;;)




