22 謎解きの後には
五人がホテルに戻ると、広崎はすでに起き上がり、ベッドに腰かけて待っていた。
代表して畑中が、広崎に大坂城での経緯をかいつまんで説明した。
「だから、もう大丈夫のはずよ。風太さん、そうでしょう?」
「そうですね」
広崎の顔がパッと明るくなった。
「じゃあ、おれはこの部屋から出られるんだね?」
広崎が尋ねると、風太は笑顔で頷いたが、「その前に結界を解いておこう」とバッグから男の子のパペットを取り出した。
「あ、ちょっと待って。まだ心の準備が」
しかし、止める間もなく、風太は「ほむら丸、もういいよ」と告げた。
微かに「御意」という声が聞こえ、広崎は思わずビクッと首を竦めた。
そのまましばらく待ったが、もちろん、何も起こらない。
畑中もホッと安堵の息を吐いた。
「良かったわ、無事に解決して。途中で風太さんが焦った時は、ちょっと心配しちゃったけど」
風太は苦笑して、ペコリと頭を下げた。
「すみませんでした。みなさんの名前が『五感』にも相応していることを、うっかり見落としていました。封印の『符』は三重暗号だったんです」
先ほどから頭を捻って聞いていた玄田が、小さく手を挙げた。
「あのー、それが良くわからないす。どういう意味すか?」
横にいた相原が「バカね」と言った。
「いい。まず、あたしの苗字の相原には相の字に『目』、畑中先輩の名前の珠摩には摩の字に『手』、錦戸さんはさすがに『鼻』じゃなくて、名前の麗香に『香』、そして、玄ちゃんは泰聡の聡の字に『耳』がそれぞれ隠れているのよ」
「へえー、そうなのか。あれ。でも、広崎先輩は? もしかして、慈典という名前の『下心』とか?」
何か言い返そうとする広崎に代わって、風太が笑いながら答えた。
「下心なら、きみの聡という字の中にもあるよ。慈典は、崎の中の『口』さ。熱と痛みで大変だったから確認できなかっただろうけど、味覚に変化があったはずなんだ。名前の方は、この場合『心』じゃなくて『心』と読むべきだと思う。真ん中にあるから、中心、ということだね」
「そうすか。簡単に言えば、広崎先輩は色気より食い気、ってことすね。事件の解決が、晩飯に間に合う時間で良かったすね」
すかさず相原から「バカッ」と、エルボーが入った。
畑中は苦笑しながらも、玄田に同調した。
「そうね。安心したら、ホントにお腹が空いて来たわ」
錦戸が「それなら」と言った。
「みなさんを美味しいお好み焼き屋さんにご案内しますわ。実は、畑中さんにいろいろ個人的にご相談したいこともあるので」
そう言うと、錦戸は何故か頬を赤らめた。
「あら、いいお話みたいね。お相手はわたしの知ってる人かしら?」
すると、錦戸はますます真っ赤になって、広崎の方を見た。
広崎は心臓がドキンと跳ね上がるのを感じた。
「広崎さん」
「は、はい」
「いきなりこんなことをお願いするなんて、非常識なのは充分わかっているのですが」
「はい?」
広崎の脳裏に、錦戸にスープを飲ませてもらった光景がフラッシュバックした。
「結婚のことなんですけど」
「ええっ?」
広崎だけでなく、いきなりのプロポーズなのかと、全員が驚いた。
「わたしたちの披露宴に、ご招待したいんです」
「はあ」
「彼が」ますます顔を赤らめ「どうしても広崎さんを呼びたいそうなんです」
畑中が、アッと声をあげた。
「もしかして、お相手は丹野さんじゃないの?」
錦戸は恥ずかしそうに頷いた。
「実は、彼から聞いたんですけど、広崎さんが若くして亡くなった弟さんに生き写しで、他人の気がしないそうなんです。今回の研修に広崎さんが来られたのも、弟さんの引き合わせだろうって。それで、不躾ながら、是非お呼びしたいと言うものですから」
そこまで言って、錦戸はハッとしたように風太に「もう、大丈夫ですよね?」と尋ねた。
風太は心からの笑顔で「もちろんです。何の問題もありません。お幸せに」と応えた。
畑中が笑いながら大きく息を吸って、ベッドのそばまで歩み寄り、目を白黒させている広崎の背中をドンと叩いた。
「ほら、ちゃんと返事しなきゃ。あなたの命の恩人のお願いよ。もちろん、オーケーよね」
「は、はあ」
吹き出しそうなのを必死で堪えている玄田と相原の横で「?」という顔をしている風太を見た畑中は、今度は風太の背中をドンと叩いた。
「風太さん、魔界の謎は解けても、男女の仲はまだまだのようね」
そう言うと、アハハと豪快に笑った。
「さあ、みんなでお好み焼きを食べに行くわよ!」
(作者註)作品中の果心居士の記述については、司馬遼太郎さんの『果心居士の幻術』を一部参考にさせていただきました。




