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 錦戸は個包装こほうそうからアメを出し、手のひらに乗せた。

 それを見て相原が錦戸に声をかける。

「あたしが誘導します。もう少し下の方がいいと思います」

 錦戸はゆっくり手を前に差し出し、内側の円の中に入れた。

「あ、あつっ」

 畑中が心配そうに「大丈夫?」と聞く。

「ええ、大丈夫です。熱めのサウナぐらいですわ」

 風太が錦戸にアドバイスした。

「ちゃんと言葉をかけてあげてください。麒麟は人間の言葉がわかるはずです。アメは初めて目にするものでしょうから、食べられるものだと教えてください」

「わかりました」見えない麒麟に向けて「さあ、美味おいしいものをあげるわ。お食べなさい」

 相原が「あ、興味を示しました。向きを変えます!」と、うれしそうに言う。

「アメを見てます。においをぎました。あ、舌を出しました。めてます!」

 相原は、今度は畑中の方を見た。

「畑中先輩、今がチャンスです!」

「わ、わかったわ」

 意を決して、畑中も内側の円の中に手を差し込んだ。一瞬、「うっ」と顔をしかめたが、我慢して手を少しずつ伸ばしていく。

「そこでめてください。今度は右に。あ、行き過ぎました。少し戻って。ああ、戻り過ぎです。そこです。その位置で手をもう少し下げてください」

「相原さん、もっと下かしら」

「はい、もう少しです。あ、そこです。一旦そこでめてください」

 相原は風太を見て、「いいですか?」と訊いた。

「ちょっと待って。錦戸さん、麒麟に今から矢を抜くことを伝えてください!」

「え? あ、はい、わかりました」

 錦戸はちょっとつばを飲み込み、麒麟に話しかけた。

「さあ、いい子だからジッとしてるのよ。今から、あなたの脚に刺さっている矢を抜くわ」

 風太が相原に「様子はどうですか?」と尋ねた。

「はい、おとなしくしています」

「よし。そのまま一気に抜きましょう。相原さん、畑中さんに指示を」

「は、はいっ。では、畑中先輩、あと五センチ、手を伸ばしてください」

「わかったわ。あ、これね。つかんだわ。このまま引っ張っちゃっていいの?」

 頭上からみずち姫が「破魔の矢には、やじりはない。引けば抜けるぞよ」と告げた。

「わかったわ。せーの!」

 指先に力を込めた。

 見ていた相原が、「やった、抜けました!」とガッツポーズをした。尚も実況を続ける。

「麒麟は、地面から五十センチぐらい空中に浮き上がりました。あっ、待ってください。体がどんどん大きくなってます」

 それを聞いて、風太は安心したようにニッコリ笑った。

「麒麟はすでに封印から開放されたようです。みなさん、もう魔法陣から出ても大丈夫です。その後、結界を解きます」

 畑中が頷いた。

「わかったわ。みんな一斉いっせいに出ましょう。玄田くん、相原さん、錦戸さん、いいわね。イチ、ニの、サン!」

 四人が同時に円から出たが、見た目はなんの変化もない。

 風太は、式神たちに結界を解くように指示すると、相原に確認した。

「相原さん、麒麟はどうですか?」

「空中でぐんぐん大きくなっています!」

 風太は玄田にも「音楽はどうなった?」と訊いた。

「あ、音楽が変わったっす。えーと、なんとかの上のアリャリャとかいう曲みたいす」

 玄田がそう言うと、畑中がニヤリと笑った。

「G線上のアリアね。でも、さっきはトッカータとフーガだったし、なぜ麒麟がバッハの曲を知っているのかしら?」

 首をかしげる畑中に、風太も笑って答えた。

「それは逆かもしれませんね。バッハが、麒麟のき声を聞いたのでしょう」

 うっとりと曲に聞き入っていた玄田が、急に周囲を見回した。

「あれっ、変だな、同じ曲が遠くからも聞こえて来るっす」

 その時、相原が黄昏たそがれの迫る西の空をゆびさして、叫んだ。

「遠くの方から、何か光る丸いものが、ジグザグに飛びながら、ものすごいスピードで近づいて来ます!」

 風太は、ハッとした。

「そうか。『足跡は正確な円形で、移動する時には直角に曲がる』ということは、つまり」

 相原が空を見上げた。

「もう真上に来ました。円盤のような形をしていて、黄色く光っています。メチャメチャ大っきいです」

 一方の玄田は、耳を手でふさいだ。

「わああっ、音楽も映画館並みの大音量っす!」

 もちろん、二人以外の者には何も見えず、何も聞こえていないのだが、その周辺は異常な熱気ねっきつつまれた。

「相原さん、麒麟は今どうしてる?」

 風太が尋ねると、相原は視線を下に戻した。

「はい、もうアフリカにいる方のキリンくらいの大きさで、どんどん上昇しています。あ、上の円盤に丸い穴が開きました。麒麟がそこに吸い込まれて行きます。今、中に入りました。穴が閉じました。あ、円盤全体が、ピカピカ点滅てんめつしています!」

 風太は満足そうに頷き、「四百年ぶりの、親子再会だ」とつぶやいた。

 相原は必死に実況している。

「ああっ、飛んで行きます。すごいスピードです。消えました!」

 急に力が抜けたように、相原は「なんだか夢でも見ていたみたいです」とめ息をいた。

 すると、錦戸が「いいえ、夢じゃありませんわ」と言って、手を差し出した。

 そこには小さな歯形が付いたアメが乗っていた。

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