20 五感相応
玄田と同じように、女性三名も熱さを訴えた。
「さすがに熱いわ。まるでストーブの横にいるみたい」と畑中。
「そうですね。カラリと乾いた熱さですね」と錦戸。
「確かに。でも、湿気がないおかげで、ギリギリ我慢できますね」と相原。
だが、相原は続けて、うっとりしたようにこう言った。
「でも、初めて見ますけど、綺麗ですよね」
驚いたように畑中が「えっ、何が?」と訊いた。玄田と錦戸も不思議そうに周りを見回している。
魔法陣の外側にいる風太が、ニヤリと笑った。
「相原さん、何か見えるんだね?」
「ええ」
「どんなものが見えているのか、みんなにわかるように説明してくれないか」
「はい。ちょうど広崎先輩の幻に重なるように、ポニー(=小型の馬)ぐらいの生き物がいます。形もポニーみたいですが、色は黄色っぽいです。タテガミがフサフサしてて、頭に角のようなものが一本あります」
「なるほど。他の方はどうですか。何か見えますか?」
錦戸は肩を竦めた。
「わたくしには何も見えませんわ。でも、何かムスク系の甘い香りがしますね。うーん、いい匂い」
玄田は、何故か目を瞑っている。
「おれも何も見えないすけど、パイプオルガンのような、なんて言うか、荘厳でしたっけ、そんな音楽が聞こえるっす。あの有名な、チャラリン、チャラリラ、リーラ、みたいな」
錦戸と玄田の反応は想定外だったらしく、風太は愕然とした表情になった。
「しまった! 『五感』も相応だったのか!」
珍しく風太が焦りを見せている。
「ねえ、風太さん。わたしは熱さしか感じないんだけど。これで合ってるの?」
畑中だけは、ちょっと不満そうだ。
その時、相原が「あっ」と声を上げた。
「麒麟ちゃんの左の後ろ脚に何か刺さっています。金色の矢みたいです」
風太は、少し落ち着きを取り戻し、頷いた。
「そうか。それが封印が解けても、麒麟がこの場所から脱出できない理由だろうね」
風太の言葉に反応したのか、頭上から、みずち姫の声が聞こえてきた。
「左様じゃ。それぞ、麒麟児を捕獲する際、あの玄嵬めが射た破魔の矢。霊獣の飛行する力を封じておるのじゃ」
相原が「だったら、これを抜いちゃえばいいんですね」と、無造作に手を伸ばそうとした。
「あ! ダメだ、ちょっと待って!」
風太の切迫した叫び声に、相原はビクッと手を引っ込めた。
「その役目は相原さんじゃないんだ。畑中さん、お願いします」
急に自分に振られた畑中は「え? わたしが?」と驚いている。
「はい。封印が解けさえすれば、麒麟は解放されると思っていたのですが、その前にその矢を抜く必要があるようです。『五感』が相応しているならば、畑中さんの役目は『触覚』のはずです。麒麟に触ることができるのは、多分あなただけです」
「そう、わかったわ。やるしかないわね」
「ありがとうございます。『視覚』担当の相原さんに誘導してもらいながら、ということになりますが。相原さんも、いいですか?」
「もちろんです。畑中先輩、なごみ会のリクリエーションで海水浴に行った日、一緒にスイカ割りした時の要領でやりましょうよ」
「そうね。じゃあ、いっそわたしは目を瞑るわ。麒麟ちゃんは、今どうしてるの?」
「見られているのがわかるのか、あたしの方、つまり、東を向いてます。この向きだと、矢が刺さった左の脚は、北の玄ちゃんの方ですね。あたしたちの位置は変えられないから、麒麟ちゃんに西の錦戸さんの方を向いてもらわないと」
錦戸は困ったように、「わたくしはどうしたらいいのでしょう?」と風太に尋ねた。
「うーん、何か麒麟の気を引く方法ですよね。『五感』が相応なら、中央は何だっけ。えっと、『味覚』か。あ、そうだ、錦戸さん、まだアメは持ってますか?」
「ちょっとお待ちください」
錦戸はポケットを探し、アメを一個取り出した。
「良かった。最後の一個が残ってました」
風太は「よしっ!」と拳を握りしめた。
「では、慎重に行きましょう。まず、相原さんの誘導で錦戸さんが麒麟にアメを舐めさせる。その間に、やはり相原さんの誘導で、畑中さんが刺さった矢を抜く、という段取りです。問題は、内側に近づくほど高まる熱ですが」
風太は上を向き「みずち姫、陰の気で温度を下げられないか?」と頼んだ。
「やっても良いが、わらわとて、長くは続けられぬぞよ」
「わかってるさ。できるだけでいいんだ」
自分だけ取り残された気がしたのか、玄田が心細い声を出した。
「あのー、おれは何をしたらいいっすか?」
風太はアルカイックスマイルを浮かべた。
「玄田くんは、聞こえてくる音楽に変化があったら、教えて欲しい。じゃあ、みなさん、始めましょう!」