19 陰と陽の魔法陣
風太は筆ペンを紙袋に戻し、レジャーシートを取り出した。
「玄田くん、ちょっと手伝って」
「ういっす」
緊張がほぐれてどんどん言葉がくだけてきている玄田に、畑中は何か言いかけたが、そんな場合ではないと思い直し、注意するのを止めた。
風太と玄田はレジャーシートの両端を持ち、その中心を最初に×印を付けた場所に合わせて地面に敷いた。シートは小さい方の円の内側に、スッポリ収まった。
次に、先ほどの広崎の髪の毛が入った和紙を、書いた名前が上になるようにして、レジャーシートの中心に置いた。風太がそこに向かって何か数式を唱えると、透明に近いほど薄ぼんやりではあるが、広崎らしき人影が浮かび上がった。
「すげえすね」玄田が興奮したように言う。
風太は苦笑しながら「まあ、ホログラムみたいなものだね」と説明した。
次にバッグから女の子のパペットを取り出し、「みずち姫、戻って来てくれ」と告げた。
すると、周囲からザワザワした黒い霧が集まって来て、スーッとパペットに吸い込まれたかと思うと、パチッと目が開いた。
「始めるのかえ?」
「ああ、まずは陰の半結界だ。頼むよ」
「心得ておる」
女の子のパペットはそのまま宙に浮き、石灰で描かれた小さい方の円の三メートルほど上を、線に沿って時計回りに回り始めた。そのまま周回している。
それを見届けると、今度は男の子のパペットを取り出した。
「ほむら丸。今なら慈典から離れて、こっちに来ても大丈夫だよ」
みずち姫と違って反応が早く、すぐに目が開いて、「見参」と応えた。
「みずち姫はもう始めてる。陽の半結界も頼む」
「御意」
男の子のパペットも空中に舞い上がり、石灰で描かれた大きい方の円の上を、女の子のパペットと同じ高さで反時計回りに回転し始めた。こちらも周回を続ける。
そこまで終えると、風太もさすがにフーッと息を吐き、ニッコリ笑って皆の方を見た。
「準備完了です。これからみなさんに封印を解いていただこうと思います。一応、安全策は講じましたが、絶対危険がないとは言えません。もし、気がすすまない方がいれば、今のうちに申し出てください」
代表して畑中が、風太に質問した。
「でも、全員がそろわないと、封印が解けないんでしょう?」
「いえ、もう一人分くらいなら、慈典と同じ方法を取ることができます。それ以上だと、さすがに解けなくなるかもしれませんが」
「わたしはやるわよ」畑中はキッパリと言った。
錦戸も頷きながら「ある意味、わたくしの責任ですから」と申し出た。
続けて、相原も「もちろん、やりますとも」と宣言した。
皆の視線が、一斉に玄田に集まった。
「え、おれは、いや、やります。やるっきゃないす」言いながらも、ちょっと震えている。
風太は、心からの笑顔を見せ、頭を下げた。
「みなさん、ありがとうございます。それでは早速ですが、日が暮れる前に始めましょう」
四人も深く頷いた。
「最初に確認しますが、外堀から内堀に向かって進んで行く際、みなさんの先頭は錦戸さんでしたね」
「そうでしたわ」と錦戸本人が答えた。
「それじゃあ、外側の円の×印のうち、一番向こう側の×印の外に立ってください。ああ、線の内側に入らないよう気をつけて。次に、畑中さんは慈典のどちら側を歩いていましたか?」
「えっと、こちらから見たら左側ね」
「それでは、左側の×印の外側にお願いします。それから、玄田くんは」
「右側っす」
「じゃあ、右の×印の外へ。相原さんは遅れていたんだね」
「はい」
「では、一番手前の×印の前に」
風太は皆の配置を順に確かめるように見た。
「そのままで聞いてください。今、我々は西を向いています。したがって、慈典のいた場所を中心に、東に相原さん、西に錦戸さん、南に畑中さん、北に玄田くんという配置になっています。つまり、『黄』の『符』を中心に『青』『白』『朱』『玄』の『符』が東西南北に並んでいます。同時に、『土』の『符』の周りを『木』『金』『火』『水』の『符』が囲んでいるわけです。今は外側の円に沿って外向きの半結界を張ってありますので、みなさんの側から内部に向けての影響が遮断されていますが、午前中はこの配置になった時点で封印が解けかけたはずです。本来なら、そのまま麒麟は逃げ、慈典は何が起こったのかわからぬまま、下手をすれば命を落としていたかもしれません。ところが、ほむら丸のお守りのおかげで完全には封印が解けず、中途半端な状態で麒麟と慈典がシンクロしてしまったのです。その直後、あまりの熱さと痛みに慈典が叫び声を上げたために、みなさんの配列が乱れ、再び封印は閉じてしまいました。しかも、封印が閉じた後も、シンクロした状態が続いてしまっているのです」
風太は一旦言葉を切り、皆の表情を見た。ポカンとしている玄田以外は、理解してくれているようだ。
「さて、今からみなさんに外側の円の中に入っていただきます。その瞬間に『符』の力が働き、封印が解けます。内側の円には内向きの半結界が張ってありますが、霊獣のパワーは我々とはケタ違いなので、これほどの近距離だと完全には影響を遮断できません。当然、熱を感じるでしょうし、他にも影響が出ると思います。そこで、少しでも危険を感じたら、誰でもかまいませんので、外側の円の外に出てください。それだけで封印は閉じます。それではみなさん、円の中心を向いてください。ぼくの合図で線をまたいで、一斉に外側の円の中に入ってくださいね。さあ、準備はいいですか」
玄田がゴクリと唾を飲む音が、全員に聞こえた。
「それではみなさん、一歩前へ!」
四人が一斉に魔法陣の中に入った。
「あっ、熱っちい!」玄田が叫んだ。




