18 準備完了
三十分後にロビーに集合することにし、畑中・相原・玄田の三人は一度部屋に戻った。
最後に残った錦戸に、風太はすまなそうに頼んだ。
「錦戸さん。本当に何回もすみませんが、出発までに用意していただきたいものが何点かあるのですが、いいですか?」
「いえいえ、構いません。何をご用意するのでしょうか?」
「一応、紙に書きましたので」
渡されたメモを見て、錦戸はちょっと首を傾げた。
「申し訳ありませんが、ピッタリのものは揃わないかもしれませんが」
「ああ、素材とかは、多少違っていても大丈夫ですよ」
「わかりました。できるだけご希望に近いものをご用意します」
錦戸も出て行ってしまうと、風太はバッグから女の子のパペットを取り出した。
「さあ、出番だよ。途中で邪魔が入らないよう、封印の周辺の人払いを頼む」
「うむ。承知した」
女の子のパペットから、ゾワゾワした黒い霧のようなものが立ち昇り、半透明な黒い大蛇の姿となった。そのままグングン大きくなると共に色が薄くなり、透明に近い状態になると、スーッと壁をすり抜けて部屋から出て行った。
三十分後より少し早めに風太がロビー降りて行くと、錦戸はすでに待っていた。手に大きな紙袋を持っている。
「風太さんがおっしゃったものは、一応、全部用意しました。レジャーシートはすぐに見つかったんですけど、石灰の粉は庭園を管理している業者さんに分けてもらいました。後は、筆ペンと細めのロープと方位磁石でしたね」
「ご面倒をかけて、すみませんでした」
風太はニッコリ笑って、紙袋を受け取った。
待つほどもなく、すぐに他の三人も降りて来た。
「では、行きましょうか」
午前中と同じく、一行は五人だが、広崎の代わりに風太が入っていることになる。左肩にいつもの布製のショルダーバッグをかけ、右手で紙袋を持っている。玄田が紙袋だけでも持ちましょうかと声を掛けたが、風太は笑って断った。
ホテルを出たところで、午前中と同じように錦戸が再びポケットからアメを出し、みんなに配った。ミントの爽やかな味がする。
玄田が嬉しそうに礼を言った。
「ありがとうございます。ホントにいつも持ってるんすねえ」
「大阪のおばちゃんは、みんなこうですよ」錦戸が笑った。
畑中がちょっと驚いたふりをして、「まあ、錦戸さんがおばちゃんだったら、わたしはどうなるの?」と笑った。
第二寝屋川に架かる小さな橋を渡り、大阪城ホールの横を通り抜けて行く。午後もイベントがない日らしく、人影もまばらだ。
外堀を渡り、内堀の外側を走る道路の手前にあるスペースで一行は立ち止まった。近くには誰もいない。
畑中は周囲を見回した。
「この辺りだったかしら」
「そうですね。ここを横切っている途中でしたわ」錦戸も頷いた。
玄田は周囲をキョロキョロ見回したが、少し不安そうな顔になった。
「でも、正確にはわかんないすよ」
風太は笑顔で玄田の肩をポンと叩いた。
「だいたいの場所がわかれば充分さ」
そう言うと、風太は紙袋を芝生の上に置き、中から何か小さなものを取り出した。方位磁石のようだ。
それを水平に保ちながら、その近辺をゆっくり歩いて回る。
ある場所でピタリと立ち止まった。
「よし、ここだ」
好奇心にかられた畑中が覗くと、方位磁石の針がクルクル回っていた。
風太は方位磁石をその場所に一旦置いて紙袋のところまで戻り、ビニール袋に入った石灰らしい白い粉と細いロープを持って来た。
磁石をポケットに入れると、石灰でその場所に×印を描いた。
「玄田くん、ちょっと手伝ってもらえるかな?」
「あ、はい」
おっかなびっくりという様子で玄田が来た。
「大丈夫だよ。まだ、準備の段階だからね。まず、むこうを向いて両手を水平に広げてくれないか」
「はあ」
「この端を握って、しばらくじっとしててくれよ」
風太は玄田の左手にロープの端を持たせ、伸ばした右手までの長さをロープで測った。石灰の粉で、軽く目印を付ける。
「いいよ、こっちを向いて。この×印のところに立ってくれるかな」
「ええっ」
「心配しなくてもいいよ。まだ、封印は閉じたままだ」
「は、はい。ここでいいすか?」
「オッケー。じゃあ、またロープの端を持って」
「持ったっす」
「さて、今からぼくがロープを持ったまま玄田くんの周りを回る。ロープが絡まないように、その場でいっしょに回ってくれるかな」
「わかったす」
風太は先ほど玄田の体で測った長さのところでロープを持ち、地面に少しずつ石灰を溢しながら、時計回りに回り始めた。少し歪だが、小さな円が描かれた。
次に、今の長さでロープを折り返し、ちょうど二倍の長さになるよう調整して、小さな円の外側に、今度は反時計回りに円を描いた。
見ていた畑中が風太に声をかけた。
「まるで魔法陣ね。ひょっとして、外堀と内堀を表してるの?」
「ある意味、そうですね」
「玄田くんの両手の幅を測ったのは、半径が一尋(=約1.8メートル)の円と二尋の円を描くため、ということね」
「はい、ぼくだと少し長さが足りないので」玄田に向かって笑顔を見せ、「ありがとう。円から出ていいよ。線を踏まないよう気をつけて」と告げた。
風太はポケットから再び方位磁石を取り出し、中心から少し離れたところで確認して、外側の円の東西南北に当たる場所に、石灰で×印をつけた。
石灰とロープと方位磁石を紙袋にしまい、今度は筆ペンを取り出した。
ポケットから折りたたんだ和紙を出すと、そのまま開かずに、意外に達筆に、【廣崎慈典】と書いた。
「それって、もしかしたら広崎くんの髪の毛を入れたものね」
畑中が尋ねると、風太は笑って頷いた。




