17 名前に隠された謎
風太がみずち姫をバッグにしまった後、タイミングを計ったように、外出していた一行が戻って来た。
風太はニヤリと笑って、「いや、本当に果心居士が因果を調整してくれたのかもしれないぞ」と呟いた。
最初に研修室に入って来た畑中が「あら」と声をあげた。
「なんだか嬉しそうね。謎が解けたってことかしら?」
「はい。意外な助言者もいましてね」
「え? 誰?」
「あ、いえ、それはまた別の機会に。それよりも、これからみなさんにご協力していただきたいことがありますので、事前に少しレクチャーさせてください」
「それは玄田くんや相原さんも、ってことね」
「それから錦戸さんも、です」
遠慮がちに少し離れて立っていた錦戸は、複雑な表情を浮かべた。
風太はツカツカと錦戸の前まで歩き、「もう、何も心配することは、ありませんよ」と優しく微笑んだ。
「そうなんですね」錦戸はホッとしたように表情を和ませた。
二人の様子を見て、「なんすか、なんすか。お安くないすね」とニヤニヤ笑った玄田に、相原のエルボーが入った。
風太は四人に適当に席に着くよう勧め、自らはホワイトボード前のステージに上がった。
「ちょっと待ってくださいね」
風太は、ホワイトボードの溝に置いてあるマーカーを取り、ボードの中央に綺麗な文字で【広崎慈典】と書いた。次に、その真上に【玄田泰聡】、左に【錦戸麗香】、右に【相原晴美】、最後に真下に【畑中珠摩】と書いた。
マーカーを置いて、風太は正面に向き直った。
「さて、まず、封印を解くのに『符』が必要という話をしましたね」
「パスワードね」と畑中。
「そうです。霊獣を封印するのにふさわしい『符』は、やはり霊獣に関わるものでしょう。先ほど話している時に、玄武と玄嵬、そして玄田くんの『玄』の字が共通することに気づきました。そこで、青龍・白虎・朱雀・玄武から色を表す『青』『白』『朱』『玄』を『符』にしたのではないかと思いました。また、これには玄嵬という名前の人物が直接関わっているらしいことから、そういう名前を持つ人間そのものを『符』として使ったと考えられます。今で言う生体認証みたいなものですね」
「あのー、おれの『玄』の字はわかりますけど、残りはどこにあるんですか?」
「文字の中に隠れているよ」
相原がハッとした表情になった。
「わかりました! 晴美の晴れという字の中にある『青』ですね」
錦戸も少し首を傾げながらも、「わたくしは、錦の中の『白』ということでしょうね」と笑った。
畑中は逆に真顔で大きく頷いた。
「そしてわたしの場合は珠摩の珠にある『朱』ということね。でも、このパスワードが五行説に基づくものなら、一文字足りないんじゃないの?」
「当然、もう一人は慈典ですよ」
「そうでしょうね。でも、広崎くんには、あ、そうか」
畑中は何かに気づいたようだ。
「そうです。慈典の苗字は、本来こう書くはずです」
風太は振り向いて広崎の『広』の字を消し、『廣』と書き直した。
相原が「あら」と声をあげた。
「でも、中の字は黄色の『黄』の字とちょっと違いませんか?」
風太が「よく気がついたね」と笑った。
「このマダレの中の文字は『黄』という字の古いカタチだよ。これで東西南北の中心に黄色が入ることになる。おそらく、実際にもこれに近い位置関係で歩いていたはずだ。というより、そうなるように、巧妙に仕向けられたんだよ」
もう一度、ホワイトボードに書かれた文字を見直していた相原が「やっぱりそうだ」と呟いた。
「ランチの時、五行説の話をされていましたけど、もしかして、木火土金水も名前に入っていませんか?」
風太が嬉しそうに笑った。
「そうだね。相原さんの相の字の『木』、畑中さんの畑の字の『火』、錦戸さんの錦の字の『金』、玄田くんは泰聡の泰の字の『水』だね。慈典の名前は『土』そのものは入っていないけど、崎の字の『山』が代用していると思う。実際、埼玉の埼の字は土になっているし、佐賀県の神埼市も同じ土の字だ。こっちの埼なら完璧に一致していたんだろうけど、案外、この僅かな差が、慈典の命を救ったのかもしれない」
風太の説明を聞いて、畑中が心配そうな顔になった。
「だけど、そうだとすると、広崎くんがいないと封印は解けないんじゃないの?」
風太はアルカイックスマイルを浮かべた。
「大丈夫でしょう。タネとシカケを用意しますので」
玄田が「あのー」と遠慮がちに声をかけてきた。
「自分と似た名前の人には、『水』の字は入ってませんけど」
風太はニコリと笑った。
「ぼくも最初そう思った。果心居士は筑後、つまり福岡県南部の出身と言われていて、その仲間だった玄嵬も近くだろうと思っていたけど、福岡県最北部に当たる豊前だとわかった。目の前が玄海灘だから、元々の名前は『海』の字の玄海だった。当然、他の四人も条件に合う人間を揃えたはずだ。ところが、封印した後、何か危険を察知した果心居士によって、『嵬』の字に改名させられてしまった。そのため、封印は解けなくなったんだ。ああ、言い忘れていたけど、封印を解こうとして因果を操作していたのは、果心居士ではなく、彼の方だったよ」
「でも、自分で名前を戻せばいいんじゃないすか?」
「古典芸能のいわゆる襲名とかと一緒で、師匠が付けた名前を弟子が勝手に変えることはできないんだよ。悪く言うと、呪いをかけられたようなものさ」
畑中がブルッと震えながら、「それを恨んで殺した、ってことね」と言った。
「そうでしょうね。でも、殺したことによって、永遠に自分の名前を戻すことができなくなったわけです。それで四百年もの間、代役を探しては封印を解こうとしたのでしょう」
玄田も震えながら周囲を見回し「だ、大丈夫すか?」と風太に訊いた。
「大丈夫さ。もう魔界に戻ってもらった。後は、ぼくらで封印を解けばいいんだよ」