16 師弟の対決
「き、きさま、果心か!」
今や光の塊のような両目を見開き、帝塚医師は、いや、果心居士は、カッカッカッと笑った。
「おぬしに気づかれぬよう身近な人間に潜むのに、いやはや苦労したぞ」
玄嵬は再び悪鬼の如き形相になり、ぽっかり開いた闇の目で果心居士を睨みつけた。
「きさまのせいで、四百年もの歳月を無駄にしたぞ! われが天下を取る前祝いに、きさまを血祭りにしてくれるわ!」
果心居士の目の光は、最早、顔が見えぬほどの輝きとなった。
「愚か者め! おぬしの野心に気づき、麒麟の封印を解かせぬよう改名させたは、身を滅ぼさぬようにという、わしの親心よ。それを、今の世になって天下取りなんぞ、時代錯誤もいいところじゃ。馬鹿げた夢想は疾く捨て、わしと共に魔界で修行を積もうではないか!」
「断る! われとて幻術師。きさまなどに負けん!」
玄嵬は印を結び、「霊! 力! 動!」と唱えた。
すると、玄嵬の背後から、おどろおどろしい魑魅魍魎(=山や河に棲む様々な妖怪)の類いが次々と現れて、果心居士に襲いかかった。
ところが、果心居士が魑魅魍魎に指で触れると、あるいは蝶に、あるいは蜻蛉に、あるいは蠅に、と変化して飛び去った。
「まだまだ修行が足らんな。今度はわしからゆくぞ!」
果心居士も印を結んで「霊! 力! 動!」と唱えると、人間の背の高さほどもある大蝦蟇が、出現するや否や、玄嵬を一呑みにしてしまった。
唖然として二人の闘いを見ていた風太に、果心居士は「小僧!」と声を掛けた。
「はい?」
「今なら玄嵬は無力じゃ。わし諸共に魔界に戻せ」
「え、でも、まだ、封印の謎が」
果心居士はニヤリと笑い、「すべては相応よ」と告げた。
風太も納得したように頷いたが、「でも、あなたも一緒でよろしいのですか?」と尋ねた。
「構わん。わしは、鼎の沸くが如き戦国の世に生を受け、立身出世の野望に燃えていた。名もなき山の民から天下人になった秀吉のようにな。なんとかその秀吉を利用してやろうと謀ったが、向こうが一枚上手であったわい。それはもう良い。諦めはついているつもりじゃ。心残りは、封印したまま四百年も放置してしまった麒麟児のみ。わしが封印を解くことも考えたが、万が一にも誘惑に負けぬと言い切る自信がない。すまぬが、おぬしが解放してやってくれ。ああ、それから、おぬしも多少幻術を使うなら、この後、わしら二人の殻となった人間を、うまく誤魔化してくれぬか」
「はっ、心得ました」
「では、さらばじゃ!」
風太は、パーン、パーン、と柏手を打った。
その直後、妖しい巨大蝦蟇は消え、中から呆然とした表情の丹野が現れた。
一方、帝塚医師も普通の目に戻り、頭を振りながら、「どないしたんやろ?」と呟いた。
風太はアルカイックスマイルを浮かべながら人差し指を立て、「お二人とも、この指を見てください!」と叫んだ。
ハッとした二人の視線が指先に集まったところで、左右にゆっくり動かすと、二人の目がトローンとなった。
「さあ! 今からぼくが三つ数えて、指を鳴らします。するとお二人はこの部屋を出てご自分の持ち場に戻り、ここで起こったことを全て忘れます。いいですね?」
トロンとした目のまま、二人は頷いた。
「イチ、ニ、サン!」
風太は、パチンと指を鳴らした。
丹野と帝塚医師は、フラフラと夢遊病者のように部屋を出て行った。
風太はフーッと息を吐き、椅子に座った。
それから程もなく、渦巻きの香から立ち昇る黒い煙がスーッと消え、女の子のパペットがむくりと起き上がった。
「若君、すまなんだ。言葉が足りず、苦労をかけたようじゃの」
風太はニヤリと笑った。
「いや、怪我の功名ってとこだね。さあ、封印を解くぞ!」




