15 敵の正体
入って来たのは、もちろん、丹野であった。まだ普通の目をしている。
「失礼します。お邪魔かと思いましたが、火を使われると聞きましたので、念のため様子を見に来ました。火災報知器が作動すると、ぼくの責任になるのでね」
「ああ、どうぞご心配なく。燃えているように見えるかもしれませんが、熱は全く出ていません。むしろ、ひんやりしているくらいです。煙のように見えるものも、本当は煙ではありません。あなたも、よくご存知でしょう?」
風太がそう言うと、丹野の唇の両端が、キューッと吊り上がった。
「さあ、どういう意味でしょう。ぼくは何も知りませんが」
「丹野さん、ここにはあなたとぼくの二人しかいません。本音で話しましょうよ」
風太の笑顔に凄みが加わった。
すると、丹野の目がぽっかり開いた真っ暗な闇に変わった。同時に、地の底を這うような声で喋り始めた。
「ふん、紳士的に話してやろうと思うたに、手を引く気はないようじゃな。傀儡師ごときがわれに逆らうか」
「おお、怖い怖い。ついに本性を顕しましたね、果心居士」
だが、丹野の顔はみるみる激しい怒りの形相となった。
「その汚らわしい名を、二度と口にするな!」
それを聞いて、初めて風太の顔が青ざめた。
「そ、それでは、きみは、玄嵬なのか!」
「いかにも。もっとも、カイの文字は元々は海よ。われは豊前の生まれゆえ、目の前の海の名を付けられたのよ。それをあやつが、呪われた文字に変えたせいで、この様じゃ!」
丹野、いや、玄嵬の額の両側に、ポコッと角のような突起が現れた。
「きみたち師弟に何があったかは知らない。しかし、ぼくはぼくで、友人を助けなきゃならない。封印を解くのを邪魔しないで欲しい」
玄嵬の顔は、異様に彫りが深くなり、まさに鬼のように変化していた。
「騙されんぞ! 霊獣は封印を解いた者の命を聞く。どんな栄耀栄華も思いのままじゃ。望めば天下も取れる。きさまになど解かせてなるものか!」
風太は苦笑して首を振った。ワザと丁寧な口調に戻す。
「ぼくにそんな野望はありませんよ。それに、傀儡師は私欲のために業を使ってはいけないという決まりがありましてね」
だが、玄嵬は鼻で笑った。
「嘘を申すな。きさまとて、われと同じ穴の貉。所詮は山の民、すなわち、鬼の末裔じゃ。そのおかしな髪型は」風太のアフロヘアーを指さし「角隠しであろうが!」
風太の表情が凍りついた。
玄嵬は勝ち誇ったように嘲笑った。
「図星のようじゃな。われのように自在に引っ込めることもできんのだろう、戯けめ。きさま自身に大した力がないこともわかっておる。しかも、式神のうち一体は友の守護に就いており、もう一体はまだ召喚が終わっておらんとは。いやはや、敵ながら気の毒になるほど無力ではないか。どれどれ、この体にも飽きたところじゃで、きさまがわれの新しき殻となれ!」
「ぼくにだって、自分の身を守る術はある!」
風太はブツブツと小さく数式を唱えながら、左右の手を細かく動かした。だが、その額には汗が浮かんでいる。
「笑止! きさまごときの呪術でわれを止められるものか。覚悟せよ!」
玄嵬の指が妖しい印を結ぼうとした、まさにその刹那、コンコンとドアがノックされた。
「わしや、帝塚や。丹野はん、ちょっとええか?」
玄嵬の顔は一瞬にして丹野の顔に戻り、柔和な声で「先生、すみませんが今取り込んでいますので、後にしていただけませんか?」と答えた。
「そうはいかんのや。急用なんや」
そう言いながら、強引に帝塚はドアを開けて入って来た。風太は初対面だが、広崎の治療を担当した医師である。
丹野は今の風太とのやり取りなどなかったように、平静な態度で帝塚を見た。
「いつもの先生らしくないですね。どうされました? 広崎くんの容態に異変でも?」
風太に喋らせないためか、丹野はわざと矢継ぎ早に帝塚に話しかけているようだ。
「いやいや、広崎くんは大丈夫や」
「ほう、それでは、急用とは?」
その時、帝塚の両目が眩く光った。
「おぬしを止めにきたのよ、玄嵬!」




