14 手がかり
珍しく風太は緊張した顔をしていた。
「すみません。皆さんの名刺をいただけませんか? それから、もし、どなたかお持ちなら、慈典の名刺もお願いします」
怪訝な顔の四人から名刺を受け取ると、風太はテーブルに並べた。
【レストランサービス 相原晴美】
【研修室付き秘書 錦戸麗香】
【コンシェルジュ 畑中珠摩】
【ドアマン 玄田泰聡】
【フロント 広崎慈典】
黙って名刺を見続ける風太に、遠慮がちに畑中が尋ねた。
「何か、わかったの?」
夢から醒めたように、風太は「ああ、すみません」と笑った。
「もう少しなんですが、何かが足りないようです。少し時間をください」
「もちろんよ。焦らないで考えてちょうだい。でも」
畑中は、もう一度、風太が自動書記で書いたメモの文字を見た。
「これが果心居士のことだとしても、情報が少なすぎるわね」
「すみません。これがほむら丸なら、魔界に居てもほぼ電話並みに意思疎通できるのですが、みずち姫とぼくでは位相のズレが大きくて、自動書記が精々なので。いずれにしろ、今後の展開を考えると、みずち姫も召喚した方がいいと思います。ああ、そうだ。度々すみませんが、錦戸さん」
何か考え事をしていたらしい錦戸は、急に自分の名が呼ばれて、「あ、はい」と驚いたような声を出した。
「錦戸さん、大丈夫ですか?」
「あ、ええ、すみません、ちょっとボーッとしてて。何でしょう?」
「申し訳ないのですが、慈典が使っている部屋とは別に、小さな部屋で構いませんので、二時間ほど貸していただけませんか?」
「それは宿泊用ではない部屋でもいいでしょうか?」
「もちろんです。召喚に使用するだけなので。まあ、タバコ程度の煙は出しますが、熱は出ませんし、ニオイもほとんどありません」
「それでしたら、研修室の一つをお使いください。上司の丹野には後で伝えて置きます」
丹野の名前を聞いて風太は微妙な笑顔になったが、「ありがとうございます」と頭を下げた。
玄田が「あ、あ、そのショウカンっての、自分も見ていいすか?」と訊いたが、すぐに相原から、「ダメに決まってるでしょ!」と窘められた。
風太も苦笑して「ごめんね」とやんわり断った。
ようやく平静に戻った様子の錦戸が、「それでしたら、皆さん。その間に、ライバルホテルの見学に行きませんか?」と誘った。
畑中もニッコリ笑い、「それ、いいわね」と頷いた。
「じゃあ、錦戸さんに甘えて、みんなで敵情視察に行きましょうよ。でも、果心居士のことも気になるから、二時間後には戻って来ることにしたいわね。それでいいかしら、風太さん?」
「もちろんです。それに、いずれにしろ、みなさんのご協力が必要になると思います」
「あら、わたしたちみたいな素人でも役に立つの?」
「恐らく。封印の謎が解ければ、ですが」
「わかったわ」
簡単に身支度をするため、畑中と若い二人は一旦部屋に戻り、風太は錦戸の案内で研修室に行った。
部屋は十畳ぐらいで、中央に長方形のテーブルが一つと、椅子が六脚ずつ左右に並んでいる。正面に一段高いステージがあり、その後方にホワイトボートがあった。
錦戸は、風太が中の様子を確認するのを、少し待った。
「少人数の講義やディスカッションに使う部屋ですが、ここでよろしいでしょうか?」
風太はニッコリ笑って、「充分です」と答えた。
「錦戸さん、ありがとうございます。後は自分でやりますので、どうぞ、畑中さんたちとお出かけしてください」
「何か不自由なことがございましたら、丹野にお尋ねくださいね」
「はい」と言いながら、風太は苦笑を押し殺した。
一人になると、風太は部屋のドアのロックを掛けるべきか迷っているようだったが、「どうせ合鍵を持ってるだろうな」と呟いて諦め、テーブルに移動した。
風太は、ショルダーバッグから女の子のパペットと金属製のコンパクトのような容器を取り出し、テーブルに並べた。容器の蓋を開くと、小さめの蚊取り線香のような形の香が、容器の底の中央にある突起に刺し込んであった。香の渦巻きは時計回りで、表面にビッシリと数式が書き込んである。
風太はポケットからライターを出すと、香の端に火を点けた。そこからスーッと真っ黒な煙が立ち昇るのを見届けると、椅子の一つに腰かけて、タブレット端末で調べものを始めた。
およそ一時間が経った頃、廊下をコツコツと歩く足音が近づいて来た。足音は風太のいる部屋の前でピタリと止まる。数秒の間があって、コンコン、コンコンと小さくドアがノックされた。
風太はアルカイックスマイルを浮かべた。
「どうぞ、開いていますよ」