13 天正十二年の謎
その名前にピンと来たのは、やはり、畑中だけだった。
「果心居士って、以前伯父に聞いたことがある気がするわ。有名な幻術師じゃなかったかしら」
風太はニヤリと笑い、「さすが斎条さんの姪だ」と呟いた。
「そうですね。果心居士は戦国時代末期に活躍したという謎の人物で、諸説紛々、本当に実在したかどうかさえ定かではありません」
「わたしも詳しく知らないけど、彼は大坂城と何か関係があるの?」
「関係があるどころか、一説によれば、大坂城こそ、彼の死んだ場所です」
「えっ、どういうこと?」
「果心居士というのは、どうも野心家で、権力者に自分を売り込もうと色々画策していたようですが、最終的には、当時の天下人となりつつあった秀吉に取り入ろうとしました。ところが、仲間割れのようなことがあって、玄嵬という男に殺されたようです」
玄田が、「ああ」と声を上げた。
「もしかして、ゲンカイって、自分たちの地元九州の玄海灘の玄海すか?」
「いや、ゲンは同じ玄田くんの玄だけど、カイは山の下に鬼と書く珍しい字だね」
畑中が首を傾げた。
「殺されるかもしれないような危ない状況で、霊獣の封印をしたってこと?」
「本人も、まさか自分が殺されるとは思っていなかったでしょう。果心居士が殺されたとされる天正十二年、西暦でいうと一五八四年は大坂城の中心部がほぼ完成し、秀吉が権力の階段を駆け上がろうとしている時期です。翌年の天正十三年には関白になっていますし、その秀吉に会うのに、手ぶらで来れるわけがありません。当然、それなりの手土産を用意していたのでしょうが、それを渡す前に」
「殺されてしまった、というわけね」
「ええ。ぼくは、どうもこの玄嵬という男が鍵を握っているような気がします。封印にも直接関わっていたのかもしれません」
何か言いそうな玄田を押さえて、相原が不思議そうな顔で風太に尋ねた。
「でも、そのレイジュウとかいうものが、お土産になるんですか?」
「うん。一般的に霊獣は大変縁起のいいものとされている。特に、今で言う政権交替のような時に現れて、新しく天下を支配する者に祝福を与えるという。当時の秀吉は、まだ決して安泰というわけじゃなく、事実天正十二年というのは、有名な小牧・長久手の戦いの年でもある。東には徳川家康、西には四国の長宗我部元親、南には戦国時代最強の鉄砲集団である紀州雑賀党、北には越中の猛将佐々成政と、東西南北すべて強敵ぞろいだ。その一方で、秀吉はこの大坂を、日本のみならず東アジア全体の中心都市にしようと考えていたようだよ。だから、それにふさわしい贈物を」
突然言葉を切り、風太は宙を見つめた。
「どうしたの、何かわかったの?」
畑中に声を掛けられ、風太はハッと我に返った。
「ああ、すみません。封印されている霊獣が何か、見当がつきました」
「え、何、教えて」
風太は少し声を低めて告げた。
「麒麟です」
玄田が「え」という顔をした。
「キリンって、あの首の長い動物ですか」
それを聞いて、相原が呆れたように「もう!」と言った。
「あんたってホントにバカね。話の流れを考えなさいよ。あんたなんか、ミリンって十回言ってなさい」
「ミリン、ミリン、ミリン、……」
「もうっ!」
「え? 牛?」
「本気で殴るわよ!」
風太は笑って「まあまあ」と二人を宥めた。
風太はショルダーバッグからタブレット型のパソコンを取り出し、画面を見ながら説明した。
「インターネットに出ている情報だと、霊獣としての麒麟は、体は鹿に、顔は龍に似ていて、牛のシッポと馬のヒヅメを持っているらしい。体の毛は黄色くて、頭に角があるっていうから、動物のキリンに似てないこともないけど、首は長くないようだね。性格は穏やかで優しく、決して殺生をしない。その鳴声は音楽のようだというよ。ちょっとよくわからないのは、足跡は正確な円形で、移動する時には直角に曲がるっていうんだけど、どういう意味かな。いずれにしろ、縁起のいいものとされていて、五行説では世界の中央を守護する霊獣と言われている」
玄田は嬉しそう顔で、「ゴギョウって、確か春の七草でしたね」と言った。
相原が「あんたは少し黙ってなさい」と玄田を睨んだ。
風太は苦笑しながらも、説明を続けた。
「五行説というのは、森羅万象を木・火・土・金・水の五つの要素に分けて、あらゆる現象をその関係で説明しようとする説なんだ。もっとも、この考え方自体に相当無理があるし、かなり強引なコジツケもある。ただ、物事を五つに分類するという考え方は、いろんなところに残っていて、人間の感覚、つまり、見る・聞く・嗅ぐ・触る・味わうを五感というのもその名残りだね。もちろん、当時は真理として受け入れられていただろうし、なんらかの根拠もあったかもしれないけど」
畑中が風太に尋ねた。
「その五行説と秀吉が関係あるってこと?」
「例えば、さっき皇帝色の話が出ましたよね」
「ええ」
「五行説には相応という考え方があります。いろいろな組み合わせがあるようですが、その中で色と方位が相応していて、東が青、西が白、南が赤、北が黒、そして中央が黄色となっています」
「へえ、そうなの」
「はい。このそれぞれに、守護をする霊獣が相応していて、東が青龍、西が白虎、南が朱雀、北が玄武、そして中央が麒麟です」
風太は五種類の霊獣の名前をメモに漢字で書いて見せた。
「特に麒麟については、麒の字を黄色の黄の字に置き換えて黄麟と書く場合もあるようです。まあ、その場合はキリンではなくコウリンとでも読むのでしょうが。いずれにしろ、東西南北の敵を倒して、大坂を日本はおろか世界の中心にしようとさえ考えていた秀吉に贈るのにふさわしい霊獣は、麒麟しかいないでしょう。もっとも、成長した麒麟は人間の力では捕まえられないそうなので、その子供、いわゆる麒麟児なら可能性は充分あると思います」
メモに書かれた霊獣の名前を見ながら、玄田が訊いた。
「あの、龍と虎の色はわかりますが、後の二つの色はなんすか?」
「さっき言われたじゃない」すぐに相原が突っ込む。
「いや、いいんだよ。なんでも思ったことを言ってくれた方が、推理のヒントになるから。朱雀の場合は朱色という言い方があるように、赤だね。玄武というのは爬虫類系の霊獣だけど、色は黒とされている。プロフェッショナルな人を玄人って言うだろう」
「ああ、そうか。すると、おれの名前はクロダとも読めますね」
玄田は感心したように頷いた。
それを聞いた風太の顔色が変わった。
「ちょっと待って!」
(作者註)玄海灘の表記は、地理学的には玄界灘が正しいとされていますが、本作では通例の玄海灘とします(作品の都合上)。




