11 秀吉の影
それまで笑顔で風太の解説を聞いていた畑中の顔色が変わった。
「ちょっとお、脅さないでよ。それは違うんじゃないの。現に広崎くんは無事だったんだし」
風太も苦笑して「すみません」と軽く頭を下げた。
「確かに、慈典はこうならずに済みました。幸い、ほむら丸が危険を予知し、お守りを渡していたので。でも、それが紙一重の僥倖だったのも事実です。それほど霊獣とは桁外れの存在なのです」
何か訊こうとする玄田に、横から相原が「僥倖ってのは、運が良かった、ってことよ」と教えたが、玄田は首を振った。
「違うんだ。そんなとんでもないものがそこら中にいたら、おっかないなあと思って」
風太は玄田を安心させるように、柔らかな笑顔を見せた。
「心配ないよ。霊獣なんて、滅多にいるものじゃない。本来は、深山幽谷、つまり、人里離れた山奥とかにいるものだ。こんな都会のど真ん中にいるなんて、普通はあり得ない話さ。誰かが連れて来ない限りね」
玄田は海老炒飯をガツガツとかき込みながら、「誰が連れて来たんすか?」と尋ねた。
「『誰が』は、まだわからないけど、『誰のために』は、ハッキリしているよ」
口の中が炒飯で一杯で、モグモグしている玄田の代わりに、相原が「誰のためですか?」と訊いた。
「もちろん、当時の『大坂城』の主だよ」
今度は畑中が「それって、秀吉ってこと?」と確認した。
「ええ。当時の大坂城に、秀吉の許可なく、何にせよ持ち込めるはずがありません。それが霊獣であっても、いや、それだからこそ、秀吉の了解が必要なはずです」
風太のショルダーバッグがモコモコと動き、男の子のパペットが顔を出した。
「左様。恐らくは、秀吉への献上品でござりましょう。天下さまにお披露目するまで、一時的に封印して置くはずが、何らかの手違いがあって、四百年間そのままになったのではありますまいか」
ようやく炒飯を飲み込んだ玄田が、「あ、腹話術、スゴイすね」と感心したが、すぐに次の質問に移った。
「フウインってなんすか?」
腹話術と見做されてプライドが傷ついたのか、その問いには、ほむら丸が答えた。
「罠にかかった猛獣を檻に入れ、それに鍵を掛けるようなものじゃよ」
玄田の横で聞いていた相原が、首を捻った。
「でも、その鍵は誰が掛けたんでしょうか?」
それには風太が苦笑して返事をした。
「うーん、またいい質問だね。まあ、それがわかれば、案外簡単に問題は解決すると思うけど」
全員炒飯を食べ終わり、デザート待ちになったところで、改めて畑中が風太に尋ねた。
「そういえば、広崎くんから大阪に長期滞在中って聞いたけど、何か傀儡師の方の仕事だったの?」
「いえ、芸の方の勉強です。芸人として芽が出ないのは、自分のパフォーマンスに何か足りないものがあると思いまして」
「へえ、それって何?」
「笑いです。なんといっても大阪はお笑いの本場ですからね」
「で、どうだったの」
「人を笑わせるのは、本当に難しいですね」
そう言いながら、自分は笑っている。
デザートはライチ入りの杏仁豆腐だった。別に、生のライチも皮つきのまま、大き目の器に盛られて真ん中に置かれた。
それを見て、玄田が変な顔をした。
「この赤いゴルフボールみたいなもの、食べられるんすか?」
ちょうど玄田の分の杏仁豆腐をテーブルに置いた、おっとりした感じのサービススタッフがニッコリ笑って説明した。
「これはライチといいます。中国の果物で、皆さまの杏仁豆腐には皮をむいてカットした状態で入っていますよ。そうです、その白い半透明の果肉がライチです。昔の中国で、美人で有名な楊貴妃という方がこのライチが大好物で、皇帝に無理なおねだりをして、そのために国が傾いたといわれるほどですよ」
相原が目を輝かせた。
「じゃあ、うんと食べなきゃいけませんね」
「そうね」畑中も笑顔になった。
杏仁豆腐の中のライチをスプーンで掬いながら、畑中がポツリと呟いた。
「広崎くんにも、食べさせてあげたかったわね」
すると、皆が賑やかに話し合う中、黙って食事をしていた錦戸が、「すみませんでした」と頭を下げた。
畑中は大きく手を振り、「誰も錦戸さんのせいなんて、思ってないわよ。ねえ、風太さん」と風太に同意を求めた。
風太はアルカイックスマイルを浮かべて頷いた。
「もちろんです。錦戸さんは利用されただけですよ」




