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夜会ー3

陛下の入場で一度は静まった夜会の会場は、現在は密やかな喧騒に包まれていた。


国王陛下が口を開いているのにも関わらず。


本来なら有り得ないこと。



メリッサは会場の隅、カーテンの陰に隠れながら混乱しきった頭でその喧騒の中心を眺めていた。


「まず幾つか報告と発表すべき事案がある」

 

短い挨拶の後に述べられる長口上が続けられるにつれて、貴族たちの顔色が変わっていく。

顔色を失っていくのはこの場にはいない第二妃ーーヘルトの母親とその家に関係を持つ者たちだろうか。



陛下が口にしたのは、帝国との戦争の敗戦が一つ。

それに伴う交渉の決定事項。

そして第三王子ヘルト・アルバッハの行った婚約破棄と冤罪事件に始まる所業。


会場の真ん中に立ち尽くしたマリエラの顔は遠目に見ても真っ青で、つい心配になってしまう。

けれども近くに寄って行こうという気にもなれなくて。


メリッサはカーテンを固く握ってマリエラと国王陛下と俯いたまま顔を上げないヘルトを交互に見つめるばかり。


「……ヘルト・アルバッハの行ったことは決して許されるものではない。その為、王藉ならびに王位継承権の剥奪、その上で件のマリエラ・ドヴァンとの婚姻を命じる」


この台詞に、「……え?」という形にマリエラの唇が動いたのが見えた。


「実の姉を冤罪に落とし、王族と高位の貴族のいる場で故意に虚偽を述べるほど、ヘルトとの婚姻を望んでいたのだろう。認めてやろうというのだ。喜ぶとよい。ただし、二人とも平民に落とした上、ヘルトには鉱山での10年の労役を命じる。もちろん妻であるマリエラ・ドヴァンにも共に行ってもらう」


陛下の視線はワナワナと身体を震わせ始めたマリエラにしっかりと向けられていた。 


「離婚は認めない。これは勅命である」



いや、とマリエラの唇が動く。


「……お待ち下さい!私、私はっ!」


国王陛下の口上の最中に口を挟むなど、自殺行為だ。この場で首を落とされても不思議はない。

即座にマリエラは近衛兵によって包囲される。

それでも伸ばされる腕を振り払って前のめりにドレスの膝をついたマリエラは、縋るように陛下を見上げて声を上げた。


「私は殿下に唆されただけなんです!姉を罪に落とすつもりも、まして虚偽を述べたつもりもありませんでした!私はただ殿下に相談しただけで……毒が入っていると言われて、それで!」


カチリ、と近衛兵の持つ剣の鞘が鳴る。


この場に来てから、始めてヘルトの顔が上げられた。何を思っているのか、伺えない無表情で、マリエラをじっと見つめていた。


小さくその口がマリエラの名を呼んで、キュッと引き絞られた。


首筋に当てられた刃に、マリエラが「……ひっ!」と声にならない悲鳴を上げた。


思わず反射的にカーテンの陰から飛び出そうとしたメリッサの腕を背後から伸びてきた手が掴む。


「……クロイス」 


帝国の軍服を身にまとったクロイスは、黙って首を横に振る。

そのままメリッサの傍らに寄り添って、腰に腕を回され、一歩前に出た。


カーテンの陰から姿を現した長身に、マリエラが助けを求めるように腕を伸ばした。


「あぁっ!侯爵様!お願い助けて下さい!!」


傍らにいるメリッサが目に入らない様子で、クロイスに懇願する。

その声にクロイスの存在を認識した貴族たちがザワリと蠢いた。


陛下はクロイスを一瞥して、「二人を連れていけ」と近衛兵に命じる。


「いや!嫌よっ!」


喚いて首を振るマリエラと、また顔を伏せて抵抗しないヘルトを、近衛兵たちが外に連れ出して行った。



「さて、次に」


まるで何事もなかったかのような声で、陛下は顔を巡らせる。


「先に言った通り、我が娘である第二王女ディアナ・アルバッハを帝国へ側妃として、嫁がせる。同時に話し相手としてマードック侯爵令嬢フィリル・マードックも共に帝国に向かわせることになる。それともう一人」


ちらと陛下の視線がメリッサに向けられて、鼓動が早まった。


「フィリル嬢の病の為に内密にレディナを調合し、その命を救った薬師のメリッサ・ドヴァンを我が国の宰相であるリュシフォール侯爵の養女とし、帝国のクロイス・ヘルトバルト公爵の婚約者とする」

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