夜会ー1
「あら、キレイな肌だこと。羨ましいほどスベスベですわね。何か秘訣でも?」
離宮の広い浴場。
その一角でメリッサは全身磨き上げられ、香油を塗られている。
クロイスに告白してしまったあの日から10日が経つが、メリッサは未だに離宮に滞在したままだ。
「準備を進めているからもう少しだけここで待っていてくれ」
メリッサにとっては少々刺激の強すぎる長いキスの後、クロイスからそう言われた。
(……準備?)
なんの?と疑問は湧いたが、上気してボーッとしているうちに確認できないまま離宮に促されてしまった。
ディアナ王女のこともあり、少なくとももう数日の滞在は必要だったから、ちょうど良かったといえば良かったのだけれど。
ディアナ王女は当然ながら薬を飲んだからといってすぐにいきなり元気になるわけでも、筋肉の軟化が戻るわけでもないが、この数日で少しずつ顔色はよくなり、気分も良いという。
二度、王宮の魔法師が診断にきたが、体内の魔力の流れは改善されている様子だという。
メリッサは日に何度か王女に薬湯を処方し、王宮専属の薬師と相談や打ち合わせをしつつ自由に調合室で様々な薬を調合したり、研究したりの日々を送っていた。
なかなか手に入らない素材を使うこともできる上に薬師たちとの会話は非常に勉強になったりもして、存外に充実した日々ではあった。
が、この日は様子が違っていた。
朝から妙に離宮の中がバタバタしていると思ったのだ。
この離宮は訳ありな王女の住居だけあって、メイドや使用人の数は最低限。
客もめったに来ることはないので、基本的に常にしん、と静まり返っている。
それがこの日は見たことのないメイドが何人も出入りし、いくつもの荷物が運び込まれていた。
何事かと与えられた部屋で様子を見ていると、やってきた見知らぬメイドに連れ出され朝から風呂に入れられたかと思えば二人がかりで全身洗われて、今も香油を塗られ一人には髪を梳かれ、一人には手足と背を丹念にマッサージされている。
「あ、あの、これはいったい?」
女性相手とはいえ、裸をじっくりと見られるのは恥ずかしい。
貴族の令嬢なら本来珍しくもない状況。
けれどメリッサは家にいた頃から一人で風呂に入っていたし、自分で着られる服は一人で着ていた。
「あら、聞いていませんの?」
いったい何を?という話だ。
「何をでしょう?」
メリッサが言うと、メイドたちはまあ、と手を動かしたまま顔を見合わせる。
「「夜会ですわ」」
声を揃えて言われた言葉に「夜会?」とメリッサは繰り返す。
「ええ、王女様のお輿入れを発表する夜会が今夜開かれるのです。お嬢様も出席されると聞いておりますので、その準備ですのよ?」
(……なんにも聞いてません!)
一国の王女の輿入れなのだから、それを祝う夜会が(たとえ内実が人質であれ)開かれるというのはわかる。
けれど、何故そのような席に、一応は貴族の令嬢であったとはいえ一介の薬師であるメリッサが出席するというのか。
驚きと戸惑いにプチパニック気味な間に慣れた手つきで身体と髪を拭かれ、急かされるままに別の部屋へ向かわされる。
連れ込まれた広い壁の一方が一面鏡貼りになった部屋には、すでに先客がいた。
水色の脱ぎ着しやすいシンプルなドレスを着せられ背もたれにクッションを敷いた椅子に座らされた王女と、白い幾重にも薄い布を重ねた豪奢で可憐なドレスを着せられているフィリルの姿があった。
白は花嫁の色。
本当の花嫁はディアナ王女。
けれど王国内ではフィリルが王女としてこのまま振る舞うらしい。ディアナ王女は逆にフィリルとして帝国に輿入れする王女の話し相手として同行するということになっている。
結局王女が治っても、フィリルは帝国に向かわされるのだ。
それでも帝国に入れば二人の身分は入れ替えられるというから、これまでよりは幾分マシなのだろうか。
自分自身に戻れるのだから。
つらつらとそんなことを考えている間にも、メリッサの身体にもドレスが着付けられていく。
それはいいのだけれどーー。
(……何故、私も白いドレスなの?)
フィリルのものよりも大人っぽいデザインのマーメイドラインのドレス。背中が大きく開いているのが落ち着かない。
腕には同じく白のレースの手袋。
複雑に結い上げられていく髪には白とピンクの生花が用意されている。
こんなに塗りたくるの?と思うほど化粧を施されて。
自分でも驚くほど見違えた令嬢然となったメリッサは、あれよという間に馬車に乗せられ王宮に送られた。
華やかな、夜会の場に。




