願いと覚悟。
その声と言葉を聞いた時に、メリッサの覚悟は決まったのだと思う。
自覚ははっきりしていたのかというと、微妙だけれど。
ただこの時は、
酷い人でも、
許せない人でも、
人でなしでも、
(……このひとのそばにいよう)
そう思った。
それはとても辛い選択かも知れないけれどーー。
「お前といる時だけ、感情が動く気がした。お前なら……」
小さく「すまない」と囁く声に、ぎゅうっと心臓が鷲掴みにされる。
「俺の楔になれるんじゃないかと。だから、お前を試すようなことをした。……いや、お前がどうするか、わかっていて悩ませるような真似をした。俺を止めてくれると、諌めてくれると思ったから。身勝手なことはわかってる。頼む。ーー逃げないでくれ」
抱きしめる腕の力は痛いほど。
メリッサは、動かせない手の代わりに顔をクロイスの胸に埋めてゴシゴシと乱暴に涙を拭いた。
「放して。お願い、クロイス」
クロイスの肩がびくりと跳ねたのがわかった。
いっそう強く抱きしめられて、息苦しさと痛みに呻く。
ゆっくりと抱きしめる腕から力が抜かれていって、メリッサはクロイスの腕から抜け出した。
抜け出して、そうして腕を伸ばした。
そっと踵を上げて、
伸ばした手をクロイスの頭に回して、
自分から、キスをした。
初めてメリッサからした口づけは少しだけしょっぱい涙の味がした。
「薬師の仕事には、調合や診察だけじゃなくて、精神面のケアというものもあるんです」
とんだ言い訳だ。
もしくはこじつけ。
「私、王女様に、お願いしたんです。レディナの調合ができたら、薬が完成したら、私を自由にして下さいって」
「……自由に?」
「ええ、自由に」
にっこりとメリッサは笑う。
メリッサの願いを聞いた時、王女様はとても驚いていた。
「もっと他に望むものはないのですか?別の報酬は?お金でも、爵位でも、望んで良いのですよ?ーーその、お父様は貴女が見つかって薬が作れるのなら貴女をきちんとした貴族の養女にして今度こそまともな婚姻をと、考えていたようですが。ご家族の爵位を戻すことだって……王宮の専属薬師になるのでも」
王女の言葉にメリッサは首を振った。
お金も地位もいらない。
王宮の専属薬師というのには、ほんの少しだけ気持ちが揺れたけれども。
けれど気づいていたから。
王女様も、公爵閣下も。
お二人とも謝ってもくれたし、離宮では親切にもしてくれたけれど、その瞳も、言動の端々にも、メリッサの薬が金になると気付いた後のお父様と同じ蔑みが隠れていることに。
メリッサのことを、道具として見ている瞳。
正直これ以降、できる限り関わり合いになりたくなかった。
だから、その願いで良かったのだ。
ただ自由に。
これ以降の干渉をしないでくれることを。
もう放っておいてほしいと。
「自由になったら、貴方に会いに行こうと思ってた。貴族の娘でもない、ただの平民の薬師だけれど、それでも良かったら、そばにいさせて下さいって言うつもりだった。もし、会えなかったら、開拓村で薬師をしようって。それならもしらしたらいつかは貴方に会えるかも知れないから」
メリッサはクロイスの頬に手をやり、アイスブルーの瞳をまっすぐに覗き込む。
「貴方が好きです。恋人でなくてもいいから、ただの薬師としてでいいから、貴方のそばに置いて下さい。ーー私を貴方の薬師にして下さい」
答えはなかった。
代わりに落ちてくる唇に、メリッサはもう迷わずに目を閉じた。




