再会。
メリッサは廊下を走り去って行くフィリルの小さな背を見送ると、ぎゅっと一度両手を胸の前で固く握ってから開いた。
すぅ、と息を吸いこんで、両手を肩幅に開いて持ち上げる。
ぱんっ!と小気味良い音を立ててメリッサの両手のひらは自身の頬を打つ。
ジンジンと疼く痛みに、じわりと広がっていく熱。
「……よし!」
気合い一つ、入れ直してくるりと踵を返す。
けれども調合室に戻ってメリッサがまずしたことは作業机と竈の鍋の片付け。
先に失敗した分を片してしまわなければ次には進めないのだ。
(……魔力。魔力の流れ)
カチャカチャと竈の横の小さな洗い場でいくつもの器や鍋を洗いながら頭では先の失敗の原因を考える。
(時々途切れそうになったり逆に多くなったりするのよね……)
しっかりとした感覚があるわけではないが、なんとなくそんな感じがする。
(一定の量を、一定の早さで)
注ぎながら、混ぜていく。
おそらくだが、そうすることでレディの卵の殻に宿った魔力と、水の魔石に宿った魔力、メリッサの魔力が馴染んでいくのだと思う。
だがメリッサは自身に魔力が流れていることは知っていても、それを意図的に動かすということをあまりしたことがない。
魔石を使用した魔法は簡単なものなら使うこともできるが、それはほんの少し自身の魔力を石に注ぎ込むだけ。
ただ指先に魔力を集めることを意識するだけで、後は詠唱が補ってくれる。
(どちらかといえば帝国の魔法に近い気がするのよね)
ふとそう思いついて、メリッサは洗い物の手を止めた。
ゆっくりと手を上げて指を動かしてみる。
脳裏に思い浮かべるのは、森の中で見たクロイス様の姿。
指先で、魔法陣を描いていたーー。
(確か、こんな感じ……)
遠目に見ただけな上にぼんやりとしていたため、とてもではないがきちんと覚えてはいない。
だからただ真似るだけ。
デタラメな魔法陣モドキをメリッサは空中に描いていく。
そうしていると自然に指先に神経が集まっていくように感じる。
同時に身体の中を流れる魔力も。
ほんの少し、ほわんとデタラメな円や模様を描く人差し指の先が暖かくなった気がした。
(……え?)
新緑のような柔らかい緑。
そんな色の光が見えた。
メリッサがゴシゴシと目をこすり、見直すと、その光はなくなっていた。
が、メリッサは今の感じできっといいんだ。と思う。
ドキドキと胸が鳴った。
(……はやくっ)
今の感じを忘れない内にと、メリッサは大急ぎで洗い物を終わらせると手早く調合を進めていく。
器の中に水の魔石を溶かし、レディの卵の殻を砕いて入れる。
そっと指先を着けて、先と同じように指先に意識を集中していく。
ほわんと指先が暖かくなったところで、ゆるゆると腕を回していく。
(集中して)
じっと指先を見つめていると、またほのかな緑の光が見えた。
(これが私の魔力の色?)
そう思っていると、一瞬くらりと目の前が暗くなる。
(……だめっ!)
集中力が途切れてしまう!
唇を噛んで、メリッサはなんとかこらえた。
けれど急速に身体から力が抜けていくのを感じた。
クラクラと眩暈がして、じっとりと冷たい汗が額を流れていく。
(だめ、途切れ……る)
そのまま倒れそうになったメリッサの身体を、固い何かが後ろから支えた。
そっと腕が回され、メリッサの手を大きくて少しだけ固い手が掴む。
「そのまま、俺に合わせろ」
耳許に届く低い声。
落ち着いたその響きに、メリッサの心も落ち着いていく。
触れた背中から暖かい何かが自分の中に流れ込んでくるのがわかる。
流れ込んできたそれは、メリッサの身体を循環し、指先に流れていく。
その流れに導かれて、メリッサの中の魔力も流されていって。
ゆったりと添えられた手がメリッサの指先を器の中でクルクルと回していき、やがてーー。
器の中の液体は、青みがかった透明なものに変わっていた。
「……でき、たーー!」
ほう、と息を吐いたメリッサを背後から支えていた腕が引いた。
力の入らないメリッサの身体は簡単にくるりと裏返される。
顎を捕られ上向かされた瞳に、近づいてくるアイスブルーの双眸が移って、メリッサは目を閉じた。
触れ合った唇は熱くて、柔らかくて。
「……クロイス、様」
小さな呟きは、吐息の中にほどけて、消えた。