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調合。

「……ふぅ」


様々な薬剤や器具が揃えられた戸棚が壁に並ぶ小部屋で、メリッサは一人大きく息を吐き出してから強張った肩を腕を回してほぐした。


この部屋は離宮の中に作られた王女に処方する薬を秘密裏に調合するための部屋。


王宮の専属薬師、十数人いるらしいその中でも王女の病を知るのは薬師長とその弟子が一人だけ。

とはいえその二人が常に研究を重ねたり症状を遅延や緩和をさせるための薬を調合しているためにけして広くはない室内には独特の薬草と薬液の混ざり合った臭いがこびりついている。


普通の令嬢ならば顔をしかめるだろうその臭いは、メリッサにとっては馴染み深い落ち着く臭いである。


メリッサの前には大きな作業机。


そこにもいくつもの薬草や鉱石、そして白くツルリとした楕円形の卵が布に包まれて先端を覗かせていた。

その横には割られた卵の殻。


作業机の右側には小さな竈があり、火の落とされたそこには小さな鍋がかけられていた。


中にはトロリとした濁りのある液体が入っている。


「また、失敗」


メリッサは鍋の中とその横、作業机の端に置かれた深い器の中身をちらとだけ眺めて溜め息をつく。


途中までは上手く出来ていたはずだった。

なのに最後の最後。

調合し、煮込んだ薬液にレディの卵の殻を加えて混ぜるのだけれど。


混ぜる前に純度の高い水属性の魔石を魔力で溶かしたものと、レディの殻を砕き粉末にしたものを魔力を込めた指先で混ぜるのだ。

この時の魔力の量と質が少しでも多かったり少なかったりレディの卵が持つ魔力よりも質の劣るものだった場合、混ぜたものは黒や灰色、赤錆のような色に濁る。


きちんとできたものは澄んだ青みがかった透明な液体になるはずなのだ。


メリッサがこの邸に来て4日。

この部屋に籠もるようになってから3日が経つ。


その間、調合を試みたのは五回。

いずれもこの段階で失敗していた。


これではメリッサが調合を行っている意味がない。

魔力の質を見込まれて行っているはずなのに、薬師長たちと同じ段階で躓いているのだから。



用意されたレディの卵はすべてで五つ。

一度の調合に一つの半分を使う。

ちょうど半数を無駄にしてしまったことになる。


(……一度、休憩をとった方がいいかしらね)


なんとなく、何がいけないのかはわかっている。


けれどわかったからといって、すぐにどうすることができるものでもなくて。



メリッサは首を軽く振ると、目を瞑った。




(たぶん原因は魔力の流れ)


指先から流し込む魔力の流れが一定ではないから。

では一定にするにはどうすれば良いのか。


メリッサは考えこみながら、ひとまず部屋を出る。


自身に与えられた部屋で休憩を取るために。

メリッサが与えられたのはこの調合室のちょうど真下。

そのため、階段に向かっていたところに、その少女はいた。


別の部屋から出てきたばかりの少女ーーフィリルもまた、メリッサに気づいて目を見張る。


フィリルとは、この離宮に着いたあの日から、一度も顔を合わせていなかった。

おそらくは顔を合わさないように避けられていたのだろう。


本人の意思もあるかも知れないし、コルト閣下や王女に言い含められていたのかも知れない。


「……ぁ、フィリルさ」 

「何をしているの?」


どうしようかと悩みつつも声をかけようとしたしたメリッサの言葉は、半ばで遮られる。


「薬はできたのかしら?」


トゲトゲしい口調と睨みつける瞳。

フィリルのメリッサへの態度はある意味一貫しているとも言える。


「……それは、まだ。ごめんなさい」

「だったら早く部屋へ戻りなさいよ!もう時間がないのよ!」


うなだれるメリッサに、追い討ちをかけるようにフィリルは鋭く声を上げた。


「……どうして」


何故、これほどまでに悪意を向けられなければならないのか。


メリッサがいなくなって、ショックを受けたというのはわかる。

焦りがあることも。

もしかしたら八つ当たりなのかも知れないけれど。


それにしても、フィリルのメリッサへの態度はあまりに度が過ぎいるように感じるのだ。


「どうしてですって?それは私の台詞よ!どうして逃げ出したりしたのよ?自分が罪を犯していないのならそれを証言すればいいじゃない!貴女を探していた者たちに保護を求めれば良かったじゃない!そうしたらこんなに遅くならなかった。貴女はもっと早くここに来ていたはずだわ!!」

「そんな……」


フィリルの言うことはあまりにも無茶だ。

さすがに言い返そうとして、けれどフィリルの瞳に浮かんだ涙に、口を噤んだ。


「……八つ当たりだってわかってるわよ。貴女は冤罪にかけられて、一番悪いのは身勝手に婚約を破棄して貴女を追い出したヘルト様なんでしょうよ。でも、この一月で姫様は、姫様の足は、完全に動かなくなったのよ!貴女がいなくならなければ、もしかしたらまだ何とかなったかも知れないのに。お願い。お願いします。早く薬をちょうだい。もう本当に時間がないんだから!もう姫様の心臓はいつ止まってしまってもおかしくないんでしょう?私、私、もう嫌なのよ!またあんな……!」

「フィリルさん?」


取り乱してメリッサにすがりつくフィリルに、メリッサはたたらを踏んで転びそうになるのをなんとかこらえた。


(……また?)


脳裏には疑問が浮かんだけれど、それを確かめるのは今ではないのだろうと思った。


フィリルの細い肩は震えている。

その背は小さくて、メリッサの肩よりも低い。

彼女はまだたったの12才なのだ。


「落ち着いて下さい。私、きっと薬を作りますから。だから、お願い。もう少しだけ待って?」

「……絶対よ?」

「ええ。薬師としての矜持にかけて、必ず」


本当は、言うべきではない言葉。

不確かな、確固たるべき自信も、保証もない中で、口にすべきではない言葉だ。

 

ましてすでに何度も失敗しているというのに。


それでも今のフィリルには、必要な言葉だと思ったから。


メリッサは顔を上げたフィリルの頬を手で拭って、安心させるように少しだけ、微笑んでみせた。


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