マリエラ。
アルバッハ王国王都タリスタリア。
その貴族街の一画にあるとある邸の前で。
「ここがヘルト様のお知り合いの邸?」
隠しきれない不満を滲ませた声で、少女はその母とともに馬車を降りた。
フワリと広がるのは旅装には不似合いなレースがたっぷりのオフホワイトのドレス。
足許は高いヒールの華奢な靴で、一人では馬車を降りることもできなかった。
その為邸から出迎えに出ていた使用人らしき男に手を出したのだけれど、その手をとった男の態度が無愛想な上にどことなく面倒そうな雰囲気を醸し出していて、
(せっかくこの私が手を出してあげたのに!)
と、より不満が高まる結果となった。
それでもあからさまに顔に出すことはしない。
少女ーーマリエラはにっこりと笑って「ありがとう」と男に声をかけてみせる。
が、男は相変わらずの無愛想で。
(……なによ!なによこの男!たかが使用人のクセに!ここは顔を赤らめて俯くなりするところでしょう!!)
少なくともドヴァン伯爵領の者たちならそうだ。
(なんなのよ!……ちょっと若くていい男だと思ったから、声をかけてあげたのにっ)
その男は赤毛に茶の瞳の若い青年だった。
執事が身に付ける黒の上下を身にまとう背は高く、身体つきも適度に筋肉のついた均整のとれたもの。
(少しくらい相手をしてあげてもいいかと思ったけど、この私に愛想もないなんて、きっと目がおかしいか特殊な趣味でもしてるのね)
頭の中でずいぶんと失礼な思考を繰り広げながら、マリエラは顔には笑みを浮かべたまま、邸内に案内されるのを待つ。
王子の知り合いの邸だというにはこぢんまりとして凡庸な造りの庭に二階建ての白い邸宅。
てっきり上級貴族の豪邸で優雅に過ごせるものと期待していたマリエラたち母子にとっては期待外れも甚だしい。
思えば王都に着くまでの扱いだって、不満だらけのものだった。
馬車はそれなりに立派なものではあったが、伯爵家のものと変わらない程度のものであったし、途中の街で宿泊した宿にしてもせいぜい中級か上級の宿でも部屋自体は格の低い部屋。
未来の王子妃、いや上手くいけば王妃にだってなるかも知れない令嬢に対する扱いにしては粗雑すぎるというものだろう。
(やっぱり役立たずなんだから!)
不満はマリエラを王都へ呼んだヘルト王子にも飛び火する。
王都に呼び寄せた点については評価できるかと思ったものだけれど、やはり肝心なところでいまいち毎度頼りにならない。
せっかくメリッサを追い出して婚約者の地位についたはずだったのに、その後はというと国王の許可は取れず、その上父は伯爵位を取り下げられ男爵に落とされるという。領地も別の地に移されるかも知れないと聞いた時には目の前が真っ暗になった。
慌ててヘルト王子が王都へ戻って行ったけれど、その後もマリエラを取り巻く環境は悪くなるばかり。
(もう別の男を探しておいた方がいいかも知れないわね)
王子というのは魅力的だったけれど。
もともとマリエラはヘルト王子のことを好きなわけでもなんでもない。
見た目が良かったのと、地位が魅力的だったこと。
何より姉のメリッサが王子と婚約することで、自分がそれよりも下になるような気がして腹立たしかっただけ。
実際王族よりも上の地位はない。
婿入りすることで、伯爵位になるとはいえ元王族という肩書きはずっとついて回るのだ。
ヘルト王子自身は自分は王位を継ぐのだと常に言い張っていたけれど。
(王太子もいるし、あの顔だけの男にそこまでの期待はできないわ)
せっかく王都に来たのだから、あちこちの夜会にでも顔を出してみても良いか。
この邸の主も王子の知り合いだというくらいだからそのくらいの手配はさすがにできるだろう。
端から見れば、馬鹿げた妄想でしかない。
姉の婚約者を誘惑して騒ぎを起こした挙げ句、国王の勅命で男爵に落とされた家の娘をまともな上級貴族が相手をするはずもないのだが。
マリエラ自身は半ば以上本気でそのようなことを思っていた。
マリエラは領地の者たちに聖女の微笑みと称えられた笑みを唇に浮かべて、案内されるまま邸の内へ足を進める。
そこで。
吹き抜けになったエントランスの奥。
螺旋階段を降りてくる一人の男性に、目が釘付けになった。




