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婚約の理由。

「もちろん父も兄たちもフィリルの両親も何もせずにただ手をこまねいていたわけではありません」

ーーその一つが貴女とヘルト兄様の婚約です。


続けられた言葉にメリッサはぎゅっとドレスの裾を握った。


「ずっとレディナを調合できる薬師を探していました。王宮の専属薬師では技術と魔力自体はあってもその質が、足りなかったのです。薬師としての技術を持ち、古い血を持つ上質な魔力の持ち主。何年も探して、ようやく見つけ出したのが貴女」

「で、でも」


メリッサには自身がそこまで卓越しているとは思えない。


「私はほとんど独学で勉強しただけの小娘です。そんな……」


メリッサが戸惑いながら言うのに、王女はくすりと笑みを浮かべた。


「貴女は自身の価値を知らないのね。貴女が作ってドヴァン男爵が売っていたあの薬。あれは王宮の筆頭専属薬師でさえ、同じものは作れないと言っていましたよ?父は貴女にレディナの調合をしてもらうために貴女をここに招きたかった。けれど王族とさしたる関係もない貴族の令嬢を呼び寄せた上に長期間ここに留めていては他の者達のいらぬ憶測を呼ぶでしょう。それでヘルト兄様の婚約者とした。

ちょうどヘルト兄様は公爵家や侯爵家から婿入りに難色を示されていたから、一石二鳥だと思ったのね。婚約発表から一月、貴女は王宮に滞在する。その間にレディナの調合をしてもらうはずだったのです」


自分とヘルト王子の婚約に、そのような裏があったのか、とメリッサは納得したようなでもやっぱり納得仕切れないようなもやもやした気持ちがした。


いったい何故。

何が引っかかっているのかと、メリッサは首を傾げ、ふと、気づいた。


「それならば何故、ヘルト殿下は私との婚約を破棄されたのです?」


ヘルト王子とメリッサの婚約にそのような思惑があってのことならば、王子が婚約を破棄するのはおかしい。

メリッサが気に入らないにしても、マリエラと結ばれたいにしても、その時期はメリッサが薬を調合した後でなくてはならないのではないか。


「それこそ王家の都合というものですわ。ヘルト兄様は知らされていないのです。私と病のことを一番知られてはならないのは、ヘルト兄様とその周りの方々ですから。

貴女が王宮に来られた後は教育のためだと言ってこちらに来てもらう予定でした。父には二人の妃がいます。私を含めたヘルト兄様以外は第一妃の子供、ヘルト兄様だけは第二妃様のお子。そしてヘルト兄様の後見は元老院です。もし私のことが彼らに知れれば、彼らは私の母の血が悪いのだと言い出すでしょう。そしてその母の血を引く王太子ではなく、ヘルト兄様を次期王にと、推してくるはずです」


はあ、と王女は一つため息をつく。


「彼らは何もわかっていないのですわ。いえ、わかりたくないのですかね。今この時に至ってもまだ、帝国を舐めきっている。いまだに自分たちに都合の良い王を立てて甘い汁を吸おうという。……私を迎えに来るヘルトバルト公爵に近付いて利用できないかと画策している者すらいるというのですから」


王女の口から漏れた名前に、ドキリと鼓動が跳ねた。


「ヘルトバルト、公爵?」


聞き返す声は、自然と熱を帯びる気がした。


「ええ。クロイス・ヘルトバルト公爵。貴女とほぼ同時期に王都へ向かったということですから、そろそろ着いている頃かしら?しばらくは調節のために王都に滞在するとのことですが、帰る際には私、いえ王女を伴って戻ることになっています」


(……クロイス様が)


王都へ来る。

いや、すでに近くにいるのかも知れない。


どうしようもなく胸が沸き立ってキュンと締め付けられるようにも感じる。


近くにいても会えるとは限らない。

むしろ同じ王宮に滞在したとしても、メリッサとクロイスでは立場が違いすぎる。


会えない確率の方が高いだろう。


それでも。


彼が近くにいる。

そう思うだけで、鼓動が速くなった。


「……王女様。お願いがございます」


喉がカラカラに渇く。

自分でもよくわからないまま、言葉は転がり落ちて。

 


「もし、もしも私がレディナを調合できたなら-ー」

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