村に行くことにしました。
「手も出して。しっかり土を洗い流してね」
メリッサが言うと、子供は手を出して言われた通りに土を洗い流した。
メリッサは布で子供の膝小僧と両の手を拭う。
と、傷が痛んだのだろう子供が「……ひっ!」とひきつった声を上げて逃げるように足を引こうとする。
髪と同じ色の両の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れた。
さっ、とメリッサは左手で子供の足を掴み、右手で子供の鼻をむんずとつまんでこう言った。
「男の子でしょ!このくらいでベソベソ泣かない!!」
ぎゅううっと鼻をつまんだ指に力を込める。
子供は驚きすぎて一瞬涙が止まった。
ぱちぱちと涙に濡れた睫毛をしばたたせて、ついでコクコクと頷いてみせた。
「よっし。あなた名前は?」
「カシム」
「カシム。わたく……いえ私はメリッサよ」
ドヴァンと、字は名乗らなかった。
勘当されたメリッサにその名を名乗る資格はないし、平民は字をもたないから。
「カシムはこんなところで何をしていたの?」
お互い様な気もしたが、メリッサはそう問いかけつつテキパキとカシムの膝と手に薬を塗り込んで布を当て、包帯を巻いていく。
「少し手が熱いわね」
傷口からバイ菌が入ったのかも知れない。
そっとカシムの額に手をやると、やはり少し熱を持っていた。
「ええと」
薬箱の引き出しを開けて苔のような色味の丸薬を取り出す。
「少し苦いけど我慢して飲んでね。炎症を抑えて熱を冷ます薬なの」
カシムの手に丸薬を乗せると、傍らに置いていた布袋から水の入った水筒を取り出した。
「……さっきの水じゃないんだ?」
思わずといった風にカシムが呟くのに軽く微笑む。
「魔法で出した水は何故かすっごく苦かったり甘かったりしてマズイの。それに身体に吸収されずに消えてしまうから、飲み水には向かないのよ。はい」
水を注いだカップをカシムの手に渡し、メリッサは軟膏や布の残りを薬箱にしまっていく。
メリッサも子供の頃は不思議で何度も自分で試したものだったが、魔法で出した水は毎回味が違う。
ものすごく苦かったり甘かったり辛かったり。
とにかく共通しているのはどれもマズイということだ。
ただし先ほどのように傷口を洗浄するのには最適である。
不純物がなく清潔でほんの僅かだけど癒しの効果があるから。
「お姉さんは薬師なの?」
「……ん、とそうね。一応」
メリッサには薬師以外にこれといって出来そうなことがない。
貴族の子女として教育は受けているし、魔力水晶を使用しての簡単な魔法は使えるが。
(正直平民になった今、使えるものかは微妙なところよね?)
夜会やお茶会でのマナーやダンス、国の歴史や文字の読み書き、少しの水を出したり火をつけたりする簡単な魔法。
あとはワインや茶葉の産地の知識にごく簡単な計算。
役に立つとしたら読み書きや計算といったところ。
だがかといってそれが役に立つ仕事につけるかというと難しいところで。
今のメリッサにはなんの伝も何もないのだから。
「だったら母さんを助けて!」
ずいっと勢いよく迫られて、メリッサはビクッと肩を震わせた。
「一昨日から熱を出してちっとも下がらないんだ!お腹が痛いってずっと唸ってて。ボク町に薬師を呼びに行くつもりで村を出てきたんだけど、こけちゃって、それで……」
「私が聞いた話だとこの先にある村はまだずいぶんと先なはずだけど。そこからずっと歩いてきたの?」
「お姉さんが聞いたのは多分カヌキ村のことだと思う。ボクの村はもっとずっと小さくて……だからあまり村として認識されてないんだと思う。それより、一緒に来てくれる?お願いだよ!!」
メリッサは少し考えてから「わかったわ」と頷いてみせた。
どこまで役に立てるかわからないし、本当はきちんとした薬師に診てもらった方がいいのだろうけれど。
薬師の診療や薬には大金がかかる。
カシムにそのお金があるようには見えないし、一昨日ということはすでに二日以上熱が下がっていないということ。
早くきちんと治療しなくては手遅れになるかも知れない。
「やった!こっちだよ!付いてきて……って痛っ!」
カシムは走りだそうとして膝の痛みに盛大に顔をしかめた。
「ムリしちゃダメよ。あなただって怪我人だし熱もあるんだから。ゆっくりでいいから案内して、その代わりお母さんの具合や熱を出す前の様子を着くまでに聞かせてくれる?」
「わかった!」と頷き、それでも気が焦るのか足早に歩くカシムに続いてメリッサは付いていく。
その背に自身の薬箱を背負い直して。