想いの縁。
アルバッハ王国王都、タリスタリア。
タリスタリアは白きの都という意味を持つ。
すべての建物が白一色で統一され、貴族街の内壁を入れば街道もすべて白く塗られた煉瓦が敷き詰められている。
馬車はその白い街の中を王宮へと向けてゆっくりと進んでいた。
メリッサはその馬車の窓から、ぼんやりと白い街を眺める。
白一色の中に、時折計算された緑と噴水が設置された街並みは非常に美しい。けれどその美しさが故郷のドヴァン伯爵領や駐屯地のあった山の麓との違いを感じさせて、嫌でもずいぶん離れてしまったのだということを思い起こさせる。
(砦にいた時のように忙しかったら考えないでいられるのに)
クロイス様、と小さく胸の中で呟く。
呟いてしまう。
もう、何度も。
忙しければ、考えないでいられた。
思い出さずに、考えずに、忘れたフリができた。
本当は、胸の奥にはずっと消えない熾火のようにずっと想いはくすぶっているのだけれど。
それでも、胸の奥に蓋をしていられた。
けれど砦を出てただ馬車に揺られる時間を過ごしていると、蓋は少しずつずれていくようで。
過ぎていく馬車道が色を変えていくたびに、立ち寄る街並みが様式を変えていくたびに、つきん、と胸が痛んだ。
忘れなくてはいけない人。
きっともう会えない人。
そう、わかっているのに。
メリッサは犯罪者という扱いはされないようだけれど、それでも貴族の令嬢としても決して地位は高くない。
ここに着くまでの街でメリッサは少しだけ迎えの騎士様に(そう、騎士っぽいのではなくて本物の騎士様だったのだ。それもエリート中のエリートである国王陛下直属の近衛隊。貴族街の内壁を通る際に門番が「これは近衛隊の……どうぞお通りください」と丁寧に頭を下げたのを見て悲鳴を上げそうになった。だって道中メリッサにいつも気を使ってくれて物腰も丁寧で偉ぶった素振りもなかったし、メリッサとも普通にお話してくれていたから。今更ながらに失礼はなかったかと青くなった)教えてもらえた。
お父様はあの婚約破棄の夜会の騒動の責任をとらされて男爵位に落とされたのだと。
だとしたらその娘のメリッサもまた男爵令嬢になるわけで。
帝国の公爵であるクロイスとは地位が違いすぎる。
しかも敗戦国の、だ。
勝戦国の公爵であるクロイスなら、王族を娶ることさえできるはず。
あるいは側室、いや愛妾としてなら側に置いてはもらえるかも知れない。けれどその時はクロイスの隣には別の女性が妻としているのだ。
脳裏に、駐屯地の天幕でクロイスと口づけをしていた女性のことが浮かび上がる。
あの時の胸の痛み。
きっとあの時以上の苦しさがずっと続くことになる。
そもそもクロイスはもうメリッサのことなど忘れてしまっているかも知れない。
駐屯地の迷い込んできた毛色の違う娘。
少しばかり魔力の相性が良かったから、相手をしてみたというだけのことなのかも。
考えてもみたら、メリッサはクロイスから一度も好きだとか愛してるとかいう言葉も約束ももらっていない。そういうメリッサもまた何も気持ちを伝えてはいないのだけれど。
もらったのは耳かき一つ。
そう思い出すとなんだかおかしくて、くすりと笑った。
(耳かきだなんて)
普通想いの縁よすがはもっと違うものなんじゃないかと思う。
指輪だとか、その人の身に付けていた何かだとか。
それがよりによって耳かきだ。
おかしくなってメリッサは一人でクスクスと笑う。
笑いすぎて涙が出てきた。
そうしていると何故か涙ばかりが溢れてきて、メリッサは両手で顔を覆って漏れそうになる声を押し殺した。




