王都へ。ー2
メリッサがウェルダール砦に来て7日。
砦内は日を追う毎に順調に衛生的に生まれ変わっている。
僅か7日。
けれど1日毎に胃袋を掴まれた(一部それだけではない者もいたが、お互いに牽制しあっていることと、一定以上近付こうした者がひっそりと消えていくという現象が起こっていることから、具体的な行動を起こした者はいない)者が倍々で増えていった為、3日後以降からは人海戦術で砦中の掃除やらができたのだ。
おかげでメリッサは朝からほぼ1日イアンと共に炊事場に籠もるはめになったのだけれど。
この日もメリッサは朝から炊事場にいた。
最初の3日までは片付けの仕方も掃除の仕方も洗い物も洗濯もろくにわからない兵士たちへの指導にウロウロしたものだけれど、今では班を決めて先に教えられた人間がリーダーになり周りに指導や指示を与えるという状態にまでなっている。
女の子が作る美味しい食事も魅力的だけれど、衛生的な環境と規則正しい生活に偏りのない栄養の考えられた食事で、気力や体調面が整えられるのを日を追う毎に実感されているのも大きいだろう。
むきむき、むきむき。
むきむき。むきむき。
ひたすら手のなかのジャガイモの皮をクルクルむきむきする。
樽を椅子にして、足下には右手にまだ皮のついた山盛りのジャガイモが入った籠。
左手にはすでにいくつもの皮の剥かれたジャガイモが入った水を張った桶。
食事量が100人分を超えてからは、午前中いっぱいはこういった野菜の下ごしらえで終わる。
すぐ隣ではイアンが玉ねぎの皮を涙目で剥いていた。
お昼には自分たちの食事と診療所に顔を出す。
砦内を回って掃除や訓練をしている兵士たちに声を掛けて回ったら、また炊事場に戻って調理を再開する。
それがここ4日のメリッサの日常だった。
が、その日常はお昼前になって変更を余儀なくされるようだった。
「……はい?」
とメリッサは半分皮を剥いたジャガイモと包丁を握ったまま呆けた声を上げた。
「今すぐ、ですか?」
(そりゃあいつまでもここにいるとは思ってなかったけど)
最初から暫くここで拘束すると言われていたし、王都から迎えが来るともそういえば言われていた。
けれども。
(いきなりやってきて今すぐ荷物を持って馬車に乗れって)
さすがにいきなり過ぎないだろうか。
(せめて夕べの内に伝えておいてくれればいいのに)
これでは手伝ってくれた兵士たちにお礼とお別れを言うこともできない。
突然昼前の炊事場に現れた赤マントの兵士は、メリッサにほんの少しも時間もくれないようだ。
(兵士っていうより騎士って感じだけど)
貴族の令嬢ではあるけれど王都へは社交シーズンに数度滞在しただけ、しかも伯爵家の別邸から夜会以外まったく外に出ていなかったうえ、社交もろくにしていないメリッサはそのマントの色の意味を知らなかった。
そのまま急かされて砦の前に着けられた馬車に乗り込まされ、メリッサはあれよという間に砦を離れる。
一度だけ、メリッサは森に隠された駐屯地を窓から振り返った。
手には布に包まれた耳かきを握って。




