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落とし前。

「貴様らこの私にこんな真似をしてただで済むと思っているのか?私は次期国王なのだぞ!」


帝国軍駐屯地の再奥。

他の天幕からは少し離れ木立に隠された場所に、その天幕はあった。


人が五人程も入れば狭く感じる小さな天幕で、他のものと違い床に敷物がなく地面が剥き出しになっている。


入口から見て正面の奥には一本の木の杭が地に突き立っている。


ここは捕虜が捕らわれた時に、尋問を行うための場所だった。


木の杭に捕虜を繋いで尋問を行う。


現在、その杭には一人の青年が繋がれている。

薄汚れたその顔はまだ若く、17、8といったところ。


酷く殴られたのか左瞼が赤黒く腫れ上がり、唇の端には生々しい傷痕が今もパックリと口を開け、固まった血が頬や顎にこびりついているが、よくよく見るとくっきりとした目鼻立ちといい明るい翡翠の瞳といい額にかかる鮮やかな金髪といい美形、と言える要素は持ち合わせているのがわかる。


少々女性的で線の細いこの場にいる兵士たちからすれば貧弱なものであったが。


「うわっ!まだそんなこと言っちゃうんだ?」


驚き半分呆れ半分の声を上げたのは、この場で一番位の高い青年士官。


トレードマークの赤毛をクシャッと手で潰しながら、両手ごと腹を杭にぐるぐる巻きにされ、剥き出しの地面に尻をつけた捕虜である青年ーーヘルト・アルバッハを一度無造作に蹴りつけてから、呻いて俯いた頭を見下ろした。


「あのね?王国からは王族じゃなくあくまでも一兵士として扱ってくれってわざわざ連絡が来てるから。わかる?煮るでも焼くでもお好きにどうぞってさ。その扱いでまだ王位に着けるつもり?」

「嘘だっ!そんなはずはない!私は国王になるのだ!!だいたい敗戦国のくせに偉そうな!この私が王になった暁には貴様ら全員死刑にしてやる!それも公開処刑だ!!牛にでも繋げて市街を引き回してやる!」


入口付近で状況を見守っていた二人の兵士はヘルトのこの期に及んでの物言いに絶句した。

二人はどちらも捕虜の尋問、あるいは拷問を役職としている。


幾多の捕虜を見てきた二人の目にさえ、目の前の元王子は異質で気持ち悪くさえあった。


馬鹿だとか、自身の状況が見えていないとか、これはもはやそんな次元ではないように思える。


彼は本当に未だに自分が王位に立つと信じているのだろうか。

有り得ないことに思うが、その濁った右目を見ると負け惜しみや妄想を口にしているようには見えない。


おそらくは、真実そう思っているのだ。


えもいわれぬ怖気が背筋を這い上がってくるのに、二人は直立不動のまま拳を握った。



「……ずいぶん元気なようだな」


耳を打った声に、二人は入口を振り返る。

気配に敏感なはずの自分たちが、新たに場に訪れた人間に気付かなかった。


それだけ気圧されていたのだと、首筋を流れ落ちる冷や汗と共に気付く。


それでも反射的に道を開けて敬礼をした。


垂れ下がった布を片手で払いのけ入ってきたのは、この駐屯地における最高責任者。


黒髪にアイスブルーの瞳の魔王は無表情に足を進めると、無言のままヘルトの前に立った。


「な、なんだ貴様……」


場を譲り一歩下がった副官に軽く目を向け短く「アレを持ってこい」と命じる。


カルロは一つ頷くと入口の二人に目配せをした。

一人が外へと飛び出していく。


「はっきり言って」


クロイスは淡々と感情のない声でそう紡ぐと、おもむろにヘルトの髪を鷲掴みにする。


「貴様が王になろうが奴隷になろうが興味もなければ関係もない。万一王国が貴様を王にするというなら王国ごと叩き潰すまで」

「……なっ」


初めて、ヘルトの瞳に純粋な恐怖が宿った。

凍るような青い瞳から発せられる威圧にカチカチと無意識に歯が鳴る。

股に温かい感触が宿ったと目だけを向けると、乾いた地面にシミが広がっていた。


「だが貴様は俺のモノに手を出した。色々としてくれたようだな。婚約していただけでも許し難いのに、そのうえ冤罪にかけて追い出させたのだったか?」

「な、なにを言って」

「その後も森の小屋で殴る蹴るは踏みつけるは散々してくれたようだな。ーー落とし前はつけさせてもらうぞ?」


薄い形の良い唇が笑みの形に歪む。

だがその瞳がいっさい笑っていないことが、間近に見上げたヘルトにはわかった。

むしろ感情の見えにくい瞳の奥に密やかな憤怒と残忍さが確かに見え隠れしていることにも。


「……ひっ!ひぃっ」 


ヘルトは動かない身体を無理矢理後ずさりさせようと足をばたつかせる。


「川の水を飲まされていたというわりに病にかからないとは、悪運だけは強いのかそれともこの時のためにとっておいたのか?」

「な、な、な、なに」

「貴様が火を付けたのは病に必要な薬草の群生地だっただろう?そんな真似ができるのは貴様自身が病に苦しんでいないからだ。なあ、そう思わないか?」


ばさり、と音がして入口から先ほど外に出た兵士が戻ってきた。

その手にはヘルトの元にまで届く嘔吐を誘う臭いを漂わせた桶が抱えられていた。


「さて、では実験を始めよう」


低く麗しい声が、ヘルトに地獄の始まりを告げた。

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