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駐屯地。

帝国軍第三駐屯地。

その朝、そこは流行病の患者を収容する臨時診療所を中心として結構な騒ぎになっていた。


勤務する衛生兵から起き上がるのもまだ難しい患者たちから、見舞いや手伝いと称して出入りする帝国軍人たちまで。


その知らせを彼らにもたらしたのは一人の子供だ。


カシム、という少年で、近くに作りかけの開拓村の子供である。


「メリッサがいなくなっちゃったんだ!」


青い顔をして駆け込んできた子供に、天幕内は一時期騒然となった。

共にきたはずの村の男たちーーサリフとネスタの姿はない。

別の場所、いや人へ知らせに言ったのだろうか。


子供がいなくなったと主張したメリッサ、というのは子供と共に最近になって開拓村にやってきた薬師の少女。


毎日朝から診療所を訪れては日が落ちる寸前まで献身的に患者の世話やら所内の掃除から洗濯までクルクルと動き回って時には患者はもちろん見舞いや手伝いと称して出入りする兵士たちにも労いの言葉をかけてくれる。


一見するとありきたりな茶色の髪も瞳も全体的に小ぶりな印象の顔立ちも美人だとか可愛いというよりも平凡で地味、というのが適した容姿の少女。


だがよく見ると立ち振る舞いはキレイで、特に食事の様子は同じ席に着くと自分たちが恥ずかしくなるほど。


大人しそうに見えて、診療所では案外はっきりモノを言ったりもする。


忙しく動き回りながらクルクルと変わる表情ーー時折見せるニッコリと優しい笑顔にノックアウトされた男たちがいったいどれほどいるか、知らぬは本人ばかりなり。

とはいえその彼女にノックアウトされた男の中に、どう足掻いても太刀打ちできない大物がいるせいで、男たちの「あんな娘を嫁にできたら親も安心だし最高なんだけどなぁ」という内心はきっちり針の通る隙間もないほど封印されている。


もっとも診療所に出入りする兵士が彼女が訪れる以前の三倍を超え、それも近頃では増え過ぎてこっそり抽選が行われている状態であるから、ずいぶん野太い針ではある。


本人がまったく気づいていないから許されているが、気づかれれば即座に出禁は間違いない。



さてそんな兵士たちの隠れマドンナ(?)の二度目の行方不明である。


そう、件の少女ーーメリッサはつい数日ほど前にも森でとあるゲスに捕らえられ、行方不明になった。

間に合ったから良かったもののあと僅かでも見つかるのが遅ければ命の危険さえあった。


実際大怪我をしており、血の流し過ぎもあって丸 1日意識がなく、昨日から診療所に復帰したばかり。


そのような事情もあって場は騒然。

天幕を飛び出して森に探しに向かおうという者。

また王国兵の仕業かと、意気込み人を募って砦に殴り込みをかけようという者。

カシムにいなくなる前の様子を尋ねる者。


ベッドに寝かされていた患者までは起き上がろうとする始末。


その喧騒を鎮めたのは天幕に入ってきた一人の男だった。


黒髪にアイスブルーの瞳。端正な顔に無表情を貼り付けた男の纏った軍服の襟には三本の銀のライン。

襟のラインが入るのは士官クラス以上のみ。

本数が増えるほど位が高いことを表し、三本はこの駐屯地で最高位である。


「閣下様!メリッサがっ! 」


その姿を見てカシムが詰め寄っていく。

常時無表情の冷徹な顔にほんの僅かながらも浮かんだ優しい安堵させるような表情に周りの兵士たちが一様にピシリと固まった。


え?あんな顔できたんだ?ってかするんだ?


とは、彼らの偽らざる本音である。


男ーークロイス・ヘルトバルト公爵はカシムの頭を軽くぽん、と叩くと。


「心配ない。居場所は把握している」


カシムは目を見張って「じ、じゃあっ!」と声を上げる。


「早く迎えにいかないとっ!」


まくし立てるカシムに、クロイスは唇の端を上げた。


「その必要はない」

「……へ?でもっ」

「カシム、と言ったな。俺はメリッサを正妻にする」


ほえ、とカシムは間抜けな声を上げて目を丸くする。


同時に周りにいた兵士たちが密やかにどよめいた。


「せーさい?なに?」

「正式な妻、という事だ」

「えーっと、妻だから奥さん?だよね?正式ってなに?奥さんに偽物とかないよね?」

「……貴族には色々あるんだ。で、メリッサを正妻にするにも色々面倒がある」

「ふうん?」

「まあ、どこの国にもごちゃごちゃ煩い馬鹿はいるという事だな。無理矢理押さえ込む事もできるが、それよりはある程度馬鹿共を黙らせる材料はあった方がいい。メリッサにはそのために少しばかりよそで頑張ってもらう」

「ええ?なに?それ?」


不服そうに口を尖らせたカシムに、クロイスは意地悪い笑みを浮かべた。


周りの兵士たちはゾッと震え上がっている。

同時にメリッサちゃんはやっぱり嫁には無理!と再認識していた。


「勝手に一人で悩んでこの俺から逃げ出したお仕置きだ」


最後の一言は、この場にはいない少女に向けられていた。


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