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坂道。

「旦那様っ!」


坂道の始まりは騒動のあった夜会の僅か五日後、執務室にまろぶように転がり込んできた子飼いの商人頭の訪問からだった。


サリウスは執務机の重厚な椅子に悠然と腰を下ろしながらも、ノック一つなく飛び込んできた男の醜態に眉を寄せた。


「何事だ。貴様には邸にあまり近付かんように言ってあるだろう」


男は商売の大半を任している人間ではあるが、貴族ではない。

元は下級貴族の血筋ではあるようだが、親の代で平民に落ち王都付近の街で商売をしていたのを、大金を払って雇った。

上位とはいかないが中位貴族との付き合いがそれなりにあったことから雇った男で、それなりに重宝もしているが、所詮は平民であるし、その見た目も邸に出入りさせるにはいささか問題があった。

デップリ太った豚にそっくりで、今も急ぎ足だったためか、すでに肌寒さを感じる時期だというのに顔には大量の汗をかき、それを拭き取るハンカチは湿り気を帯びているのがわかる。


貴族相手の商売には礼儀だのマナーだの知識だのも大事ではあるが、見た目も非常に重要である。


宝飾品やドレス、菓子といった女性相手のものはもちろんだが、そうでなくともやはり見目の悪い豚よりは見目の良い人間を好むのは当然というもので。


それを承知している男自身も貴族の邸に向かわせるのは見目の良い人間を選んで教育をしてから出しており、あくまでも自身は裏で采配を振るっている。


妻が男の見た目を嫌悪していることもあり、この邸にも男本人が訪れることはこれまでほとんどなかった。



「も、申し訳ございません。……し、しかし、大事で!」

「ええい!少しは落ち着かんかっ!……まったく汚らしい」


せかせかした様子で肉の付いた身体を揺らしながら唾を飛ばす男に、サリウスは不機嫌に告げてハンカチで唾の飛んだ顎や上着を拭う。


「と、とにかく大変です!その、大変なのです!!」

「だから落ち着け!唾を飛ばすな!!」

「唾などどうでも良いのです!そんなことよりも大変なのです!」


ずい、と脂ぎった顔を寄せられると、生臭い口臭に息が詰まる。


「た、大量の返品がっ!それにクレームが山ほど!」

「……なんだと?」

「先日旦那様が夜会の後にお売りになったものが、粗悪品であったと。一部の顧客からはすでに予約の取り消しと予約金の返金の要求も来ております!」


男の言葉にサッとサリウスの顔色が変わった。


「……あいつめっ!」


怒気も荒く立ち上がると、邸を出て広い庭を進む。

後ろからはぶよぶよした腹を揺らしながら男がついて来ていた。


たどり着いのは庭の片隅に隠された粗末な小屋。


だがそのドアを開けた奥に広がっていたのは誰もいないしんとした空間だった。




国王の勅命として男爵への降格と領地の移動が任じられたのはそれから一週間もない頃。

その頃には坂道はすでに半ばを過ぎ、サリウスの元には大量の返品返金の山と、予約の取り消しとそれに伴う多額の予約金の返金要求が雪崩のように押し寄せていた。



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