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破滅の足音。

薄暗い埃にまみれた部屋の中。

その部屋の主ーーサリウス・ドヴァン男爵は一人掛けの重厚なソファーに腰掛けていた。


邸の執務室とは別に商売のために借りた領都で一番高級な店や宿の建ち並ぶ一帯、その中でも群を抜いて高価な家賃を必要とする真新しい部屋の中は、面から見える豪奢な外観とは裏腹に、ガランとして家具らしき家具はサリウスが腰を下ろすソファーだけ。うっすらと埃を被った床は木が剥き出しで、絨毯も敷かれていない。



ほんの一月前。


いや、数週間前まではこの部屋の中には選りすぐった高価で上質な家具が並んでいた。


硝子張りのキャビネット。

その中に磨かれ並べられた来客用の高級なティーセットや皿。

革張りのソファーと艶のある木目のテーブル。

壁を飾るいくつもの絵画。

戸口には白い繊細な彫刻の施された花瓶に花が活けられ、天井には豪奢なシャンデリアが吊されていた。

床には毛足の長い絨毯が一面に敷かれ、奥の本棚には棚いっぱいの本。


この国に於いて、本は非常に貴重なものだ。

壁一面の本棚に隙間なく並ぶ書物の数々は、それだけで持ち主の富を表す。



けれど、今は。


残されたのは一人掛けのソファー一つ。

それさえ明日には売りに出される。

購入した時は金貨30枚程だったか。

それが金貨5枚。


足下を見られているのは確実だが、だからといって売らないという選択肢もない。


今は金貨1枚でも必要で、それが5枚にもなるのだから。



コツコツと廊下から足音が響く。

この部屋は二階だ。1階は装飾品店であり、これもサリウスのものだった。

が、今は違う。


そのような店は領内に二つ。


どちらも既存の店を金で買い取ったものだったが、そのどちらもすでに人手に渡った。


サリウスに残っているのは邸といくつかの荘園だけ。

それも後わずかの間だ。


足音はだんだん近づいてきてドアの前で止まる。

この建物は二階建てで二階にはこの部屋のみ。

なので足音の主が目指しているのはこの部屋以外有り得ないので、当然というものだが。


サリウスはカーテンの取り去られた窓の外を眺めるともなく眺めながらドアがノックされるのを待つ。



相手はすでに知れている。

どのようなことを告げに来たのかも。



この地はサリウスの土地だった。

だがサリウスはすでにこの地の領主ではなく、爵位を下げられ、別の土地への移動を命じられている。

王の勅命によって。



それはここよりもずっと北の土地で、乾いた土地とすでに閉鎖された鉱山が一つあるだけの土地であるらしい。


何故このようなことになったのか。


ほんの一月前まではすべてが上手く行っていた。

自身よりも高貴な血筋の貴族でさえ、サリウスの顔色を窺う者もいた。



わずか十数日で。


坂道を転がり落ちていくように、すべてが上手くいかなくなった。


あの日から。


あの夜から。



今のサリウスに残されたのは男爵という地位と一人少なくなった家族。それと多額の負債。


ノックの音がして、「失礼します」という声とともに一人の男がドアを開けた。


若い男だ。

息子ほどの年の青二才。


こんな若造に自分のものだった土地や邸を取り上げられるのかと思うと腸が煮えくり返る。


「やはりこちらにいらっしゃいましたね、男爵」


わざとらしく男爵と呼ぶ態度に常になら拳を振り上げていたかも知れないと思う。

もはやその気力さえもないが。


「申し訳ないが、すでにこの領地も邸も新しく領主になった私のものです。新たに任命された土地に移る期限もとうに過ぎている。邸にはすでに人を向かわせました」


無理矢理に追い出すつもりかと、怒りが頭に込み上げてくるが、やはり口に出すことはできない。

男が告げたことはすべて事実で、裁判でも起こされれば今度こそ貴族の地位もなくなってしまう。


サリウスはわざと鷹揚に頷くと、ソファーから立ち上がった。


邸にいる妻や娘はどのような顔をするか。



妻の甲高い罵り声がどこからか聞こえてくるような気がして、サリウスは男から見えないように俯き、深く嘆息した。



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