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胃袋掴んでみました。

結果としてメリッサの気合いは見事に空回りした。


せっかく大急ぎで作った駆除液も役立たずだった。


メリッサのしたことといえばもともと何か知れない液体で濡めった床の被害をより酷くしただけ。

 

(……だってずるいじゃない)


廊下の隅にぺたんと座り込んでメリッサは胸の中で愚痴る。

こんな所で座り込むなんて、淑女のするべきことではないのだけれど。


とても(精神的に)疲れているせいで、気にする余裕もない。


(飛べる上に素早いなんて!)


恐怖と嫌悪を気合いで押し殺し、妙なテンションになりながら振りかけた駆除液はものの見事にほとんどすべて避けられ、駆除液は床を無駄に汚しただけであっという間になくなってしまった。


しかも置かれていた元野菜だったらしい黒いドロドロの入った籠に足をかけて転かした挙げ句にその下から這い出てきた得体の知れない白い虫の大群に悲鳴を上げて倒れかける始末。

ここにだけは倒れたくない!

という一心で踏みとどまったけれど、それがなければきっとそのまま倒れていたと思う。


結局。


「ある程度までは私が片付けますから、休んでいて下さい」

 

そうイアンに言われて部屋を出されてしまった。


そのまましばらくぼんやり座り込んでいたが、幾度となく開いては閉じてを繰り返すドアと、その前に積み上がっていく籠やらお鍋やらに、メリッサはスクッと立ち上がる。


ゴミや汚れは中で取り去ってから出しているようだが、まだ隙間や縁に汚れがこびりついている。


(確か裏庭に井戸があったわよね)


気分転換のためにも一度この場を離れた方が

良いだろう。


メリッサは持てるだけを両手に抱えて、イアンに短く声を掛けるとその場を離れた。



なんとか使用できるレベルに炊事場が整った頃にはすでに日が落ちかけていた。




グッタリとしながらメリッサは木杓子で鍋の中を混ぜる。


イアンには休んでもらっている。

今は部屋の隅で埃を被っていた椅子に座ってお茶を飲んでいる。もちろん埃はキレイに拭き取った後だ。


手伝うとは言ってくれていたのだが、メリッサが固辞した。


ほぼ一人でピカピカとはいかないまでもとりあえず充分使用できるまでにしてもらったのだ。


少しは休んでもらわないと申し訳なさ過ぎる。


食料も運んでもらったのだし。


(お昼も結局食べてないし……)


メリッサ自身もだ。

思い出すとお腹がグゥ、と鳴った。


目の前にはぐつぐつと泡を立てる大鍋が3つ。

それから立ち上る湯気がいっそう空腹感を刺激する。


普通、貴族の令嬢は自分で炊事場に立つことなぞまず有り得ない。

邸には料理人がいて、お茶の一つさえメイドが淹れる。

そのため料理はおろか自分でお茶すら淹れられないということも多いが、メリッサは自分と師匠のお昼にお弁当を作ったり、師匠の夕飯を用意することも多く、料理を始めとする家事全般、師匠の診療所のご近所の奥様方に教えを乞い、一通りできるようになった。

中でも料理は得意分野だ。


本日の夕飯は手伝ってもらった兵士たちの分が大鍋二つ。残り一つの大鍋が診療所の患者の分。

 

二人の大鍋にはゴロゴロと大きく切った猪肉とこれも大きめに刻んだジャガイモ等の野菜が入ったシチュー。バターと乳をタップリ入れて少し濃い目の味付けにしてある。


患者用の鍋は鶏肉や骨、野菜で出汁を取ったスープにトロトロになるまで煮込んだ鶏肉と野菜を細かく刻んで入れた。ちなみに出汁はシチューにも使っている。


普段は平民たちは山で狩った猪肉をただ焼いただけや塩で味付けしたスープに入れたものと、パンというのが定番らしく、患者はというと乳を煮込んだ中にパンを浸したものが定番らしい。


灰汁もしっかりと取って、蓋をして火を弱める。


鍋を煮込んでいる間に野菜サラダを作る。

適当に野菜を切って、カリカリに炒めたベーコンと和えただけ。

添えるのは水にさらしてみじん切りにした玉ねぎを酢とオイル、ハチミツと混ぜたドレッシング。


男所帯だからか、砦の食事は肉がやたらと多い。

なので野菜を多く使った。


シチューとサラダに使った野菜は別の種類を。




(ちょっと、引くわ……)


何故半泣きなのだろう。


(向こうは鼻水ずっと啜ってるし)


普段の夕飯よりもずいぶん遅くなったはずだけれど、下級兵士たちが食事を取る砦の食堂には明らかに予定の人数よりも多い男たちが集まっていた。


ちょうど真ん中の長いテーブルが3つ並んだ席に、メリッサが作った食事を食べる30人が。

その周りを囲うようにその倍を超える男たちが何故か座っている。

そちらは半泣きだったり鼻をズビスビ鳴らしながらシチューを掻き込む男たちと、その手元を凝視していた。


「まともな飯」

「……女の子の手作りご飯」 

「羨ましい」

「羨ましい」

「俺も食べたい」

「うぅ……」


ブツブツ。 

ブツブツ。


「美味い!」

「ああ久しぶりだ!母ちゃんの味!」


(私はあなたの母ちゃんじゃないし、母ちゃんの味も知らないわよ)


「生きてて良かった」


(や、どんだけよ……)


いったいどれだけ酷い食生活を送ってきたのか。


だが喜んでもらえるのは素直に嬉しい。


(それに)


これで明日から働き手が増えればこの砦も少しはキレイになるはずだ。


(黒いの撲滅!黒い悪魔を駆除しまくるのよ!)


衛生面が改善されれば疫病の心配も減る。


メリッサはにっこり笑って宣言した。


「明日も手伝ってくれたらまた作りますよ」


ーーと。



翌日、メリッサが作る食事の量は見事にその日の三倍以上にまで増えた。


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