不吉な黒い影。
よいしょっとメリッサもまた大きな洗濯籠を抱えて、軽く風を靡く白いシーツの波を見上げた。
「それにしても驚きましたね。自分で提案したことですけど、こんなに上手く行くとは正直思ってませんでした」
イアンが目を細めて笑うのに、メリッサもまた「私の方こそ」と言い返す。
「まさか私なんかの作る食事のためにあんなに人が集まるなんて。びっくりしたわ」
二人で顔を見合わせて笑い合った。
「さてこれを片付けたら一旦休憩しましょう?その後は食事の準備をしないと。30人分だもの。準備だけでもきっと大変だわ」
「はい。もちろんお手伝いしますから」
メリッサはイアンと連れ立って砦の中に戻りながら、ふふ、と思い出し笑いをする。
あの後、朝になってからイアンに中佐に確認を取ってもらって了承をもらい、砦内の訓練所に二人で向かった。
戦闘のない今、兵士の大半はそれぞれ師団に別れてひたすら訓練の日々らしい。
訓練所は中庭と砦内に二カ所。
メリッサたちはイアンの所属する第六師団が訓練を行っている砦二階の南側、第三訓練所へと足を運んだ。
イアンの所属する第六師団は徴兵された平民が中心の元は百五十人ほどの隊だった。
現在ではもともとその内30人ほどの貴族出身者がすべてと他20名ほどの兵士が戦闘での殉死や逃亡で減り、残っているのはおよそ100。
内50ほどの兵士が訓練を行っていた。
残りは砦内外の巡回であったり、診療所で治療中であったり与えられた自室で休息中であったり。
自室と言ってもイアンがいうには六人分のベッドと荷物を入れる箱があるだけの共同部屋らしいけれども。
イアンが訓練所にいた兵士たちに診療所の手伝いを探している旨と、参加者には今晩メリッサの手料理を振る舞う旨を伝えると、驚いたことにその場の3分の2、30人もの兵士が喜び勇んで手を上げたのだ。
メリッサが引くほどのテンションで。
おかげで診療所内のベッドはすべてシーツを新しいものに取り替えられ、ベッドの縁や棚の上に溜まった埃はふき取られ、床はぴかぴかに磨かれた。
それもお昼を回る前に。
メリッサとイアンは兵士たちが昼食と休憩を取っている間に取り替えたシーツを洗濯して干していたのである。
「食材は倉庫のものを使って良いとのことでしたので、後でご案内します」
「えぇ、お願い。さ、私たちもお昼に……っ」
ご機嫌な気分でイアンの後を歩いていたメリッサは、自分で言った言葉にとても重要なことを思い出す。
(もしかして、もしかしなくても、台所もこれまでと同じなんじゃ……)
あり得る。
というか、逆にそこだけはキレイな方があり得ない。
メリッサの脳裏に見張り番の休憩所の片隅、狭い給湯室の床を横切った黒い影が思い起こされる。
(いやあぁぁ……っ!)
身震いしてメリッサは自身を抱き締めた。
昼食にありつけるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。




