誤算。
「……いったいどういうことですか!父上!」
乱暴に扉を開き執務室へと入ってきた息子の姿に、アルバッハ王国国王ヨハン・エル・アルバッハ4世は深いため息を着いた。
「何事だ。騒がしい」
「何事だではありません!いったいどういうことなのですか!!」
頭を下げることもなく、許しも得ないままにずかずかと執務室に押し入り、あまつさえ国王相手に怒鳴りつける始末。
この息子はいつからこのような愚か者に成り下がったのか。
国王はそう胸中でまた深くため息をつく。
本音を言えば頭を抱えたいほどだ。
が、ここは私室ではなく開かれた扉の脇には近衛が二人控えている。
部屋の中には執務を補佐している第二王子とある報告を携えて里帰りしてきた辺境伯の妻である第一王女、それに宰相の姿がある。
どれも気心の知れた気安い間柄ではあるが、だからと言って国王ともあろうものがそのような失態を犯すわけにはいかない。
この場が執務室である以上、国王は国王であり私人ではないのだから。
「私はそなたに入室を許した覚えはないぞ」
「そんなことよりドヴァン伯爵家への処罰はどういうことなのです!……男爵家へ降格だなどと。しかもマリエラとの婚約を認めないとは!」
顔を真っ赤にして捲し立てる息子ーー第三王子ヘルトに国王は失望を禁じ得なかった。
末の息子と甘やかし過ぎた結果か。
けれどもほんの一年、二年前まではずっとマシだったように思う。
軽薄で地位をひけらかすような部分はあったが、もう少し……。
いや、それも親の欲目というものか。
でなければヘルトの行き先は伯爵家などではなく公爵家、あるいは侯爵家であったはずだ。
それらに難色を示されたからのドヴァン伯爵家だったのだから。
だがそれも過ちであった。
このままドヴァン伯爵家の姉と結婚し、伯爵家の婿養子に納まっておけば王族からは抜けても貴族の当主にはいずれなれたはずだった。
ドヴァン伯爵家は貴族としては中流、だが血筋は王国建国より続く由緒あると言えなくはないもの。
ただ旧い家柄というだけの取り立てて珍しくもないものと言ってしまえばそれまでだが。
貴族として、不自由なく生活することはできたはずだ。
「陛下」
第二王子の先を促す声を国王は諦めとともに受け止めた。
そしてゆっくりと顔を上げ、未だに国王たる自分を睨み付ける末の息子に向き直る。
おそらくは、露ほども予想していないのだろう。
他人を自分勝手な望みのために断罪しておいて、自分が断罪されるとは思っていない。
自分を睨み付ける息子の瞳に、国王はそう胸中に思う。
私は間違えたのか。
所詮王位を継ぐこともない子。
補佐には二番目の息子がいる。
だから必要最低限の教育しかしなかった。
散々甘やかして、甘い顔をして育ててきた。
それがこのような愚か者を生み、まだ若い少女にしてもいない罪を被せ大勢の前で辱しめる結果を生んだ。