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奇妙な質問。

その男性が部屋を訪れたのは、メリッサがそこに連れられてきていよいよ尋問が始まろうかという雰囲気が流れ始めた頃。


正直どこもかしこも小汚いその部屋には相応しくないパリッとした軍服の男性だった。


神経質そうな細面の顔にヒョロリと痩せた体躯。

軍人というよりは文官か、一番ぽいのは研究者といった印象を受ける。


結構な上級士官なのであろうことは、部屋にいた兵士たちの態度からも明らかだった。

兵士たちは驚愕を露わにうろたえ、大慌てで直立不動の体勢になって敬礼する。


男性は無言でメリッサのすぐ側に立つと、無遠慮に椅子に座るメリッサを頭の先から爪の先まで視線を走らせて一つ頷いた。


「メリッサ・ドヴァン伯爵令嬢ですね」


確信を持って紡がれた自分の名に、メリッサはああこの人は知っているのだとメリッサもまた確信して小さく頷いた。


違うと言ってみたところで無駄だろうし、後でバレた時により立場が悪くなるばかりだろうから。


「……は、い。あの、私」


ーー犯罪者として拘束されるのですよね?


と、メリッサは小さくなって尋ねた。

けれど男性はそれに対し応とも否やとも答えることはなく。


「ドヴァン伯爵の扱っていた媚薬、あれは貴女が調合したものですね?」


そう、続けて尋ねてくる。

媚薬、という言葉にメリッサの頬が染まる。

貴族子女の身で、媚薬を調合していたなど、恥じ知らずもいいことだということは、メリッサもよくわかっていたから。


メリッサとて好きで作っていたわけではないけれど。


「あ、の、はい……」


媚薬、という言葉と、メリッサが認めたことに、部屋にいた兵士たちの驚きと好奇の目がメリッサを向けるのがわかって、いたたまれない気持ちになる。


マリエラに渡した茶葉のことではなく、どうして媚薬なのか、メリッサは戸惑いと羞恥にますます身を縮めた。


そんなメリッサの様子に気付かないのか、頓着する気がないのか、男性はさらに質問を続けた。


「他にもドヴァン伯爵……いや、男爵が上客にのみ売っていた避妊薬や妊娠促進薬、それに血病の薬」


次々出てくる薬名にメリッサの頬は赤いを通り越して青くなってくる。

非常に高値でよく売れるとかで、父がメリッサに作らせた薬の大半は男女の閨で使われるものだった。

どれも若い女性が携わるのに相応しいものではない。


血病の薬だけはそうではないのだが。


上客の一人に血の病で長く伏せっている家族がいるとかで、父に薬を作るように言われたのだ。


診察もなしに作れるはずもないと誇示していたが、細かい病状やこれまでの経緯、処方されていた薬を出され、とにかく作れと言い渡されて仕方なく調合した。

血の病は厄介だ。

間違った薬をだせば症状はよくなるどころか悪化しかねない。


運よくメリッサの薬は良い方に効果を発揮して、その人は快方に向かったようだったが。


薬師として作るべきではなかったもので。


苦い思いに唇を噛む。

メリッサはその時男性が父のことを男爵、と言い直したことに気付かなかった。

それどころではなかったともいう。


「それも貴女ですね?」

「はい」


素直に頷きつつも、だんだんメリッサの頭には疑問が大きくなってくる。


何故この人はマリエラ殺しの件ではなく薬の話ばかりしているのだろうと。


「貴女はーーが調合できますか?」


男性が口にした名称に、メリッサは弾かれたように顔を上げた。

それはメリッサの調合したことのない、というかそれを作る材料さえ希少で高価過ぎて手に入ることのない薬。

調合は、難しい。

それこそそれができるのは国中の薬師を集めてもおそらく一握りもいない。


「わかりません」


挑戦は、してみたいとは思う。

薬師を志す者なら一度はそう思うだろう。

そうは思っても実際に行うことはまず不可能。

材料を集めるのも難しければ、調合に魔力が必要不可欠で、魔力を持たない平民には挑戦すらできない代物で。


「その、したことがないので。それに材料が……」


周りの兵士たちはよくわからないという顔をしている。無理もない。男性が告げた薬は世間に知られていないものだから。

それが必要な病もまた非常に珍しく、知らない人間の方が多い。

 

かかるのは魔力を持つ成人前の子供のみ。

王国で魔力を持つ人間のほとんどは貴族で、ここにいる兵士たちは男性を除いて平民に見える。

もし身近に患者が出たとしても原因不明の不治の病とされるだろう。


「では、材料が揃っていれば?」

「……わかりません。少なくとも作ったことのないものをできるとは言えません」

「ふむ」


顎に手をやり、男性はしばらく思案するように目を伏せてから、


「……軽はずみにできるだの言わないだけ、まだ良い答えでしょうね」


と、独白した。


「あの、私。犯罪者として捉えられるのではないのですか?どうしてそんな質問ばかり」

「ふむ」


と、また男性は顎に手を添え、それから意味ありげな視線をメリッサに向けた。


全身舐るような視線にメリッサは背筋を震わせる。


「一つ、教えて差し上げましょう。メリッサ・ドヴァン、貴女と第三王子の婚約ーーいえ貴女を王族と縁を結ばせることは貴女が考えていた以上の意味があったのですよ」


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