これぞ男所帯、なんでしょうか。
武骨な様相の石壁の砦に張り出したバルコニーに、真白いシーツの旗がひらめいている。
パンっ!と音を立てて、メリッサは最後のシーツを両手で広げた。
高い砦の最上階にほど近いバルコニーの上は風が強く、メリッサが手に持ったシーツの端をはためかせる。
「これで一段落ですね。メリッサ……さん」
「はい。お手伝いありがとうございました」
バタバタと暴れるシーツを無事ロープに掛け、メリッサは振り返りながら後ろで大きな籠を抱える少年兵に笑いかけた。
開拓村を出て国境への馬車道を目指していたはずのメリッサが何故こんなことをしているかというと。
森を出て山道に入ろうとした所で、あっさり砦の見張り番に見つかってしまったことがそもそもの原因である。
あとは……。
不審者として捕らえられたはずが、何故か途中から妙に丁重に扱われたことだったり諸々あるように思うが、一番の原因はというとーー。
メリッサの後先も自身の状況も忘れた頭に血が上ったが故の言動なのだと思う。
(ほんと、どうかしてたわね)
どうかしていたからこその結果もあるわけで、複雑な気分なのだけれど。
昨夜。
森の木々の隙間から開けた場所にこそこそと身を出したメリッサは、砦の外壁に沿うように歩きながら山へと入る道を探していた。
森から出ずに探しておけば見つからずにすんだのかも知れないが、ずっと月明かりが頼りの闇の中を手探り状態で歩いてきたせいか、外壁に等間隔に取り付けられた灯りにフラフラと足が引き寄せられてしまったのだ。
辺りに人目はなかった。
なかったからこそ木々のない開けた場所に出たのだけれど。
考えてもみれば当然なことに。
砦の上部には見張り台というものもあるし、外壁の上にも巡回している見張りが常にいる。
夜の闇の中とはいえ、いや、夜だからこそ砦の側をこそこそと周りを見回しながら歩く人影は怪しさ満点で目立つこと間違いない。
「娘、こんな所で何をしている?」
砦から出てきた兵士に囲まれて問われた時、咄嗟に上手く答えられず口ごもったのもまずかった。
メリッサは両手を後ろ手に縛られ、外壁を入ってすぐの小さな部屋へ連れて行かれた。
見張り番の兵士たちの休憩所か何かだろうか。
小部屋の中には壁沿いに2つ並んだ机と雑多な小物や食べかけの少しばかりカピカピになったパン、書類らしき紙の束がぐちゃぐちゃ入り交じった状態ではみ出ているホコリ塗れのキャビネット。それにやはり乱雑に物が散らばった四人掛けのテーブル。
そこで寝転がって休息を取ることもあるのか片側にクッションが重ねられた薄汚れた長椅子、といったものがあった。
どれも汚い。
整理整頓とか、掃除といった行為を是非行ってほしい。
できれば今すぐに。
奥には給湯室らしい小部屋が見えるのだが、ちらっとその床の隅を黒い不吉な影が横切った気がしたのは気のせいだろうか。
気のせいであってほしい。
その一瞬だけは、メリッサは自身の状況を完全に頭の隅に追いやって真剣に気のせいであれと祈った。
メリッサを連れてきた兵士の一人が椅子に座るように促してくるが……。
(ここに、座るの?)
椅子自体はいつも人が利用しているからだろうホコリもなく比較的キレイなものだが……。
目の前のテーブルの上は散々たる有り様で。
(できれば遠慮したいわ)
茶色を通り越して黒に近い茶渋のこびりついたカップが目に入る。
兵士の一人がそれにホコリを被ったポットから茶を注いで口にしたのに、ぞぞ、と鳥肌が立った。
メリッサの視線に気づいたらしい兵士が「なんだ?姉ちゃんも飲むか?」と言うのに慌ててブンブンと首を振る。そもそも両手が使えない今の状態で飲めるはずもないが。
その昔師匠に言われたことを思い出した。
あれは鍛治職人の工房で怪我人が出た時のこと。
工房に往診に向かう師匠にいつものように同行しようとして、「あー、あそこはメリッサは行かない方がいいな。刺激が強すぎる。男所帯だしなぁ……」と珍しく留守番をさせられたのだ。
あの時はどういうことかよくわからず首を傾げるばかりだったのだけれど。
(こういうことだったのね)
帝国軍の駐屯地はこのようなことはなかったのに。
そうも思うが、帝国軍には女性兵士も多い。
物理攻撃主体の王国車と比べ魔法主体の魔法師団があるからだ。
男所帯、恐ろしい。
とメリッサは密かに震撼した。
が、この時はまだ冷静な部分はあった。
今のところはまだメリッサは不審者ではあるけれど、犯罪者であることは認識されていないようで、なら上手くごまかして放免してもらえないものかと頭を働かせることも、一応はできた。
この時点ではまだ。
それが自分でもよくわからない結果になってしまったのは、その後に部屋を訪れた上級士官らしき男性のもたらした情報と、メリッサ自身のもたらしたこと。
そう、結局すべてはメリッサ自身が起こした言動からの結果だった。




