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隠し事。

「あ、メリッサ!聞いてくれよ!」


臨時診療所である天幕に戻るなり勢い良く飛び出してきた小さな身体に突進され、思わずメリッサはさっと身をずらして避けた。

カシムの身体が勢いのままにメリッサの横を通り過ぎ、入口に垂らされた布にぶつかって止まる。


「……ぶふっ」

「あ、ごめんなさい。つい」


あの勢いでぶつかられたら子供とはいえ痛そうだったし。と、メリッサはひっそりと呟く。


そのメリッサの手には小さく細長い棒が大事そうに握られていた。

平べったい棒の片側はスプーンのような形をしており、もう片側にはモコモコの綿毛が付いている。


「大丈夫?」


鼻をしこたまぶつけたようだ。

ここが天幕で良かった。

これが木や石造りの建物なら今頃カシムの鼻はねじ曲がり流血騒ぎだったかも知れない。

それくらいの勢いだったのだ。


「ふぇーき。それよりもニュースがあるんだ!」


僅かに鼻の頭を赤くしながら、カシムはクルリと振り返ってにぱっと笑う。


「明日の朝には母さんとシムラが到着するんだよっ!買い出しに出てたおじさんが町で会ったんだって!もうすぐ側まで来てるみたいだよ!」

「おばさまたちが」


メリッサたちが開拓村に着いた時点で、カシムたちの村には全員受け入れるという承諾の返事が送られていた。

 

クロイスたち帝国側は現在駐屯地としている辺りからウェルダール砦のある一帯を一つの巨大な街にする計画らしい。


帝国側の文化や魔女の存在を王国内に浸透させるための足掛かりということのようだ。

戦勝国なのだから、やろうと思えば強引な手段で直接中央を変革させることだって可能だけれど。


変化は急激であればあるほど反発もある。

まずは辺境の地域から徐々に帝国の文化や思想、魔女の存在を浸透させていくということのようだ。


ここ以外にも数カ所国境沿いには同じような街や村が作られるのだという。


開拓村はその街を作る職人や商人、その家族の受け皿になる。


まだまだ規模も人も足らず、移住者は歓迎されるらしい。今のところそれは現住人の知り合いや姻戚者に限られてはいるようだけれど。


「よかったね」


明るく振る舞っていても、カシムが村に残した母と弟をいつも案じていたのには気がついていた。

時折その視線が村のある方向にじっと向けられているのも。


「……うん。サリフおじさんが途中まで向かえに行ってくれるんだってさ!」


ーーほら、捕まったっていっても火事騒ぎを起こすような奴もいるしさ。


カシムは言ってからしまった、というように手で口を押さえ、俯いた。

メリッサは目を見開いて、「捕まった……?」と口の中で呟く。


どくどくと急激に鼓動が激しくなるのがわかった。


「カシム、それほんとなの?」

「えーっと、その」


カシムは上目遣いで目を泳がせてから、


「ごめんっ!聞かなかったことにして!」


両手を合わせて周囲を憚るように小声で言う。


「なんでか知らないけどメリッサには絶対内緒だって言われてるんだ」


メリッサは内心の動揺を押し隠して「そう。わかったわ。聞かなかったことにする」そう告げて安心させるように笑ってみせた。




その日の夜、カシムが自分の布団に潜り込んだ後で、メリッサは自身の薬箱の中に一度はしまった細長い棒を取り出した。

そっと指を添わしてから、傍らで眠るカシムの寝顔を眺める。


「カシム、ごめんね。もう、時間がないみたい」


何故メリッサに聞かせないようにしたのか。

どこまで、彼は知ってしまったのか。

それを確かめる勇気はメリッサにはなくて。


ただ逃げることしか、思いつけない。

それは、とても卑怯なことなのかも知れないけれど。


すでにいつでも動けるように荷物は薬箱と袋に纏めてある。


メリッサは手に持った棒を大事に布で包んでから、薬箱の中にしまい、それを背に負った。

手に僅かな荷の入った袋を持ち、静かに立ち上がる。


メリッサたちに与えられた部屋を出る間際、もう一度カシムを振り返った。


「カシム、ありがとう」


一言、聞こえないことは承知で告げて。

メリッサは夜の闇の中に足を踏み出した

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