耳かき。
いつも通っている場所なのに、妙にドキドキして、緊張してしまう。
いつも通り。
診療所の手伝いをして、奥の天幕に向かう。
いつも通りなのだけれど。
なんだか違う。
何故ならそこで待っているはずの人と、夕べ私は
ーー。
思い出してしまって、メリッサはかあ、と一人道端で頬を染めた。
どうしよう。
(……は、恥ずかしい!)
あんなことやこんなことをされて、しかも散々悶えて恥ずかしい声を出してしまった気がする。
頭が真っ白になってしまって、途中からはもう詳細には思い出せないけれど。
思わず首もとを右の手のひらで隠した。
そこにはまだ赤紫の痣がはっきりと二つ残っている。
(んもぅっ!)
これのせいで朝から大恥をかいたのだ。
気づかなかった自分も悪いのだけれど。
そっと首に巻いた包帯を指で撫でる。
怪我をしているわけでもないのに、包帯というのもどうかとは思うが、他にちょうど良さげなものが見つからなかったので仕方がなかった。
「メリッサ?虫にでも咬まれたのか?首腫れてるよ?」
無邪気に指摘するカシムと、カシムとメリッサを交互に見てニヤニヤ笑いを浮かべるネスタの顔がメリッサの脳裏に焼き付いている。
「ああ、ドデカい蚊がいるんだよな?メリッサ?」
訳知り顔でそう嘯くネスタの顔に近くにあったものを投げつけなかったのは薬師が怪我人を作る訳にはいかないという自制か。それともとにかく隠すことに気を取られたためか。
「もう、絶対文句言ってやるんだから!」
グッ、と拳を握ってメリッサは足を前に出す。
それでも行かないという選択だけは思いつきもしなかった。
「なんですか?これ?」
どこかで見たことがあるような気はするのだけれど。
いつもの天幕に入るなり手渡されたものに、メリッサは首を傾げて尋ねた。
細長い小さな木の棒。
平べったくて、片方の先はスプーンのように丸みがあり窪んでいる。反対の先には綿毛が付いている。
「当方の国で使われている耳かき、だ」
メリッサの手を引いてベッドに座らせながら、クロイスが答えるのに、メリッサは「これが?」と手の中の棒をしげしげと見やる。
(そういえば耳かきに似ているわね。でもこっちの綿毛はどう使うのかしら)
メリッサの知る耳かきというのは、金属の小さな柄の長いスプーンだ。
素材が違っているけれども、確かに耳かきと言われればそうか、となる。
なるが、反対側の綿毛は何のためにあるものなのか。
クロイスはメリッサの膝にポスンと頭を乗せると、「こっちで普通に耳かきをして、最後にこっちを耳の中で回すようにして仕上げるらしい。まあ、やってみればいいだろう」
「……やってみればって」
ゴソゴソとお腹の辺りで横向きに姿勢を変えられて、何故か抱えるように手を背中に回された。
少しこしょばゆい。
(私、まずは文句を言う予定だったんだけど)
なんて思いが頭をよぎったが。
(なんだか準備万端だし、仕方ないわね)
ちら、と見上げてくる期待に満ちた瞳が子供みたいで断れない。
「私、初めてなので痛くしても知りませんよ?」
掻き上げた黒髪はさらりとしなやかで、指の隙間を滑り落ちていく。
露わになった薄い耳たぶを、メリッサはわざと指先で強く摘まんで軽く引っ張ってやった。
(見えるところに痣をつけてくれた仕返しです)
膝の上の端正な顔が眉を寄せる。
その横顔を見下ろしながら、メリッサは知らず口元に優しい笑みを浮かべていた。




