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聖女の仮面。ー2

仕組まれていた罠だったのだと、私が知ったのは、それからしばらく後。


お嬢様は私以外にもわざと一人で衣装部屋に入るように仕向け、様子を見張っていたのだ。


自分に都合のいい、逆らうことのできない玩具を手に入れるために。


まんまと罠にかかった私は、まったくどこまでも愚かだったのだろう。

彼にも操られ、お嬢様にも操られたのだ。


それから二年。

私は今もお嬢様に逆らえずにいる。


ただほんの僅か。 

少しだけ、意趣返しはできたような気はする。




その男が私の元に現れたのは上のお嬢様、メリッサ様の婚約が決まって少し経った頃。

婚約者はメリッサ様。

なのに婚約者であるヘルト様が会いに来られるのはマリエラ様。

そんな奇妙で不自然な訪れが二月ほども続いたある日のこと。


「ヘルト王子がこちらでどのように過ごしているのか、どのような話をしているのか、気になったことがあれば教えてほしい」


あれは奥方様主催のお茶会の日だった。


夜会だのお茶会だのの日はメイドや使用人はとにかく忙しい。


朝からバタバタと準備に走り回り、奥方様やお嬢様の仕度を調える。

メリッサ様だけはほとんど出席されることがないので仕度もないが、他のお二人は必ず揃って出席なさるのだ。


マリエラ様付きの侍女となった私は、大抵そういう日は朝から他のメイドたちの嫌がらせやら、お嬢様のワガママに八つ当たりにと違う意味でも忙しく、布団に入る頃には身体も精神も疲れ果てる。


望んでなったわけでもないお嬢様の侍女。

だけれどお嬢様を聖女と慕う他の使用人たちからは羨ましがられ、時として疎まれる。

私がまだ勤めて半年の新人であったこともあるし、お嬢様付きの侍女ということでお嬢様の部屋の隣に一人部屋を与えられたこともあるだろうし、お給金もそれなりに上がったものと誤解されていることもある。

実際には私のお給金は侍女になってからも一切上がってなどいない。

部屋が変わったのもお嬢様が私をすぐに呼びつけるため。


その日も私は疲れ果て、ヘトヘトだった。

けれども夜会やお茶会の最中だけは私はお嬢様からしばし解放される。


その間だけは不手際があってはならないからと、ベテランのメイドがお嬢様に付くからだ。


その男が声を掛けてきたのは私が一人、お茶会で使用されたクロスを片付けていた時のこと。


嫌がらせで、私は一人でこういう片付けを任せられることが多い。

お茶会は庭に場所を移し、他の使用人たちもまたそちらに移っている。


男は最初従ってきた主人がこちらでイヤリングを落としたと言った。

またいらぬ仕事を、と内心では苛立ちながらテーブルの下を確認して回る私に男は同じようにうずくまってイヤリングを探すフリをしながら、「気になったことがあればでいい。なければ特になかったという報告だけでも。金は出す」そう言った。


私は正直自分が迂闊で騙されやすい質なのだと、さすがに自覚していた。

二度も騙されたのだ。

当然警戒もする。


貴族の邸に仕える使用人は当然守秘義務があって。

邸の中のことを外に漏らしたとバレればクビはもちろん二度とこの仕事はできない。


だから私は断ろうと思って、けれどもしかしたら、とも思った。

男が知りたいと言ったのはヘルト様のことだ。

だとしたら男が仕える者はヘルト様のことを探っているということだろう。


そしてヘルト様はマリエラ様に言い寄っている。

婚約者であるメリッサ様ではなく妹のマリエラ様に。正確にはマリエラ様がそうなるように誘導したのだが。


男の主人は何故ヘルト様を探っているのか。

大抵このような場合、ヘルト様に利のある相手であることはない。

そう、何か、ヘルト様にとって都合の悪い情報が欲しいのではないか。


ごくり、と喉が鳴った。


また私は自分で自分を貶めようとしているのかも知れない。

けれど、もしかしたら。

もしかしたらマリエラ様を貶めるきっかけなりを作ることができるかも知れない。



そうしてその後、私は何度か男に情報を渡した。

こっそりと夜会やお茶会の合間の手紙のやり取りで。そのほとんどは特に何もないとの報告書だったが。


最後に男に会った時、私は男にある計画の詳細を記した手紙と小さな茶葉の入った瓶を渡した。



それは上のお嬢様、メリッサ様とヘルト様の結婚発表の夜会の数日前。


ほんの少し、私にだけしかわからない程度にお嬢様が聖女の仮面を人前で脱ぎ捨てた夜から数日前のこと。

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