追い出されました。
ドンッ!と強く押されて、メリッサの身体は固い地面に転がった。背に負った大きな箱がぶつかった衝撃でけたたましい音を立てる。
手に持っていた布袋も手を離れて転がっていく。
「マリエラ様に危害を加えていたとは!マリエラ様はお前と違って私たち使用人にもお優しい天使のようなお方だ。お前とていつもマリエラ様に庇われていたくせに。そのマリエラ様を毒で殺そうとするなど、本来なら罪を訴えられて裁判にかけられるところ。そうしたら平民に落ちたお前は処刑だったはずだ!」
ーー処刑されれば良かったのに。
見下ろしてくる使用人の目がそう言外に告げている。
メリッサが幼い頃からドヴァン家に仕えている古参の使用人だった。
メリッサは気付いていた。
マリエラと共にいる時は穏やかに見詰めているその目が、メリッサ一人になると蔑むような、それでいて憐れむような暗い光を湛えていることに。
幼くして母を亡くしてから、主家の上の娘は心を病んでいる。彼ら使用人たちがそのように噂していることは知っていた。
部屋に籠り小難しい医学書や医薬書、はては如何わしい魔術書の類いまでを読み漁り、庭で薬草や禍々しい色や形の毒草を育て、薬師の真似事をして。
幼子らしくふっくらと柔らかかった頬や手に土や泥や、臭い擂り潰した草や鉱物の欠片を付けて。
同じ年頃の令嬢が興味を持つような遊びにも一切興味を示すことはなく。
貴族としての勉強や淑女教育には真面目に取り組みながらもそれが終わればすぐに庭に向かい土をいじり、時には寝食も忘れ風呂にも入らず怪しげな臭いと泡を吹き上げる大鍋をかき混ぜている。
母を亡くしたショックによる一時的なものとしばらくは黙って見守り、ねだられるままに子供には不似合いかつ不相応に立派で本格的な薬箱や調合の道具を買い与え、庭に娘専用の薬草園を与えた。
10才を越える頃にはそんな父伯爵も顔を見るたびに小言が増え、ため息をつき、眉間にシワを寄せるようになった。
元は側室であり、正妻であったメリッサの母が病死して正妻となったマリエラの母は露骨に淑女らしからぬ義の娘を冷たい目で蔑み時には意地悪をして嘲笑った。
マリエラだけが家族の中でメリッサを認めてくれた。
「お姉様の作るお薬はとってもよく効くのね。庭師のおじさんが手の荒れが治まってきたって言ってたわ」
ある時、冬の季節に庭仕事をする庭師に手荒れに効く軟膏をマリエラを通じて渡した。
メリッサから直接ではちゃんと使ってもらえるか不安だったから。
今でもあの庭師はマリエラが町で買ってきたか取り寄せた薬であったと思っているだろう。
同じようなことはその後も何度となくあって。
そのたびに「お姉様はすごいわ。みんなお姉様を誤解しているけど私だけはお姉様の味方よ」そう言って笑ってくれた。
そのマリエラの笑顔にどれだけ救われたことか。
マリエラがいたから、マリエラの笑顔とメリッサを肯定してくれる言葉があったから、決して叶うことのない夢を、期限つきの我が儘を続けることができた。なのに。
「マリエラ様がお前を正式に訴えることを拒否されたのだ。自身が殺されそうになったというのにお優しいお嬢様はそれでもお前を庇いなさったんだ!そのマリエラ様を……!この魔女がっ!?」
ガツッ!と頭を強く蹴られて、メリッサは地面に転がったまま呻いた。
「このまま真っ直ぐに道を歩いていけば夕刻までには小さな村に着く。そこで薬師の真似事でもして暮らすんだな。……いいか、家に帰りたいなんて思うんじゃないぞ。王都にも近づかないことだ。使用人たちは皆マリエラ様をお慕いしている。お前の顔を見ると殺したくなるからな」
使用人は吐き捨てるように言うと、メリッサを乗せてきた馬車に乗り込みさっさときた道を戻っていった。
メリッサは小さくなっていく馬車の背を見送り、それが完全に見えなくなってから、ようやく立ち上がると服についた土を手で払った。
よろよろと力の入らない足で歩き、転がった布袋を拾う。
そのままメリッサは馬車とは反対側に向かってゆっくりと歩を進めた。
一刻ほども歩いただろうか、喉が渇いて少し休憩をしようか、と思い始めた頃。
メリッサの目に、道の端に座り込んで声を上げずに泣く子供の姿が写った。