癒やしの雨。
ふわふわ、ユラユラ。
優しく心地よく揺らされている。
(……あたたかい)
ふわふわ。
ユラユラ。
揺りかごにでも揺られているみたい。
何か暖かくて心地よくて柔らかいものに包まれていて、うっとりとしてしまう。
夢を見ているのだろうか。
あんなにも身体中が痛くて、苦しくて、このまま死んでしまうのかと思ったのに。
今はただ気だるい倦怠感に包まれている。
身体を包み込む温もりが心地よくて、思わず頬をすり寄せると、大きくて少しだけゴツゴツして固い何かがメリッサの頭をゆっくりと撫でた。
気持ちよくて、なんだか嬉しくて、顔を上げてそれにも頬をすり寄せる。
そうしてそれが誰かの手だと知った。
誰?
と思ったけれど、目を開けるのが億劫で、疑問は放置する。
ゆるゆると押し寄せてくる眠りの縁で、メリッサはあやふやな感覚に纏われながら目を閉じた。
どれほど経ったのか。
とすん、とお尻と背中が固いものに触れて、メリッサはうつらうつらしながらまぶたを持ち上げた。
目に入ったのはすでに見慣れた軍服の背中。
それと少し離れて明るい空。
黒く星も出ているのに、赤々と明るい。
その赤はユラユラと揺れて黒っぽい靄を纏っている。
(……火が)
森が燃えている。
赤は激しく燃え盛る炎。
黒っぽい靄は煙。
身じろぎすると、身体の下で枯れ枝や葉がカサカサと音を立てた。
メリッサのいる場所もまた森の中らしい。
視線を落とすとまだ無事な森の木々が見える。
ただしどれほど持つだろうか。
空は明るさを増し、火は勢いを増しているように見える。
このままではあっという間に炎は全ての木々を蹂躙してしまいそうに感じる。
す、と見慣れた軍服の袖が横に一見無造作に振られた。
長い指が何か、絵を描くように空中を滑る。
メリッサの目には、蒼くキラキラと輝く光の粒が踊っているように見えた。
その人の瞳の色と同じ冴え冴えとしたどこか硬質な印象のするアイスブルー。
たくさんの光の粒が連なって重なり合って一筋の線になる。
蒼い光の線は宙に複雑で繊細な模様になる。
それがいくつも。
いくつもの模様は繋がって重なり合って炎に照らされた空に広がって段々と上へ上へと上っていく。
空に広がって、ふいに消えた。
ポツリ。
と、小さな水の粒が空を見上げていたメリッサの頬に落ちた。
ポツリポツリと枯れ葉や木の根、落ちた枝に隠された地面にうっすらと黒い染みができる。
火に照らされ明るさを増した森の中に染みはどんどんと増えていって。
見る間に森の中は豪雨が降り注いでいた。
メリッサは身体を大きな布にしっかりとくるまれているようで、雨粒はその表面を滴り落ちていく。
時折開いた顔部分の隙間からヒヤリとした感触が喉もとに流れ落ちるけれど、幻想的な光景に気を取られているせいか、あまり気にならなかった。
(キレイ……)
姿勢の良い雨に濡れた背中。
その周囲に沸き立つ蒼い靄。
あれが魔力なのだろうか。
時折見える黒い靄とは違っていて、とても美しく見える。
ふわふわ。ユラユラ揺れていて、煙が立ち上る様のように一筋が空高く伸びている。
何故か胸が熱くなって、頬が赤く染まる気がした。
(キレイで、キレイで、冷たくて、あたたかい)
まるであの人の様。
何も言わないのに、いつも無表情なのに、笑い出すと存外笑い上戸なあの人。
会話も何もない二人きりの部屋は落ち着かず居たたまれない気持ちになってもおかしくはない筈なのに、何故か逆に落ち着く。
ゆっくりとのんびりとした優しい時間が流れているようで、こっそりうとうととうたた寝してしまったこともあるほど。
癒やしているのはメリッサの筈なのに、メリッサの方こそ癒やされているのかもしれない。
明かりが薄くなっていく。
周囲が闇に沈んでゆく中で、蒼く澄んだ靄に包まれた背中だけがはっきりと浮かび上がって見える。
メリッサはその時、自分もまた同調するかのように瞳の奥、金色の輪が光沢を増し輝いていることに気付くことはなかった。




