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異変。

足下でカサカサと木の葉や折れた枝が音を立てる。


駐屯地と村を繋ぐ森の中。

メリッサはいまだ無言を貫くカシムと二人木々の隙間を縫うように奥へと進んでいる。


メリッサはカシムを誘って薬草摘みへとやってきた。


じっくり座って話したりというのはなんだか緊張して上手く話せない気がしたからだ。


何かしながらの方が自然に話せるかと思って。


この森なら人目はないし、静かだし、村の男衆や駐屯地の兵士たちが毎日見回りをしているおかげで危険な獣もいなければおかしな人間もまず入りこまない。女のメリッサと子供のカシムの二人でも比較的安全にうろうろできるのだ。

薬草の補充もしておきたかったところだったのでちょうどいいか、と。


が、話をするにもきっかけが掴めないうえ、なんと話しかければいいものか思いつかない。


「私は犯罪者だから」


とそう告げてしまえば話は早いのだろうけれど、いくら冤罪とはいえ自分の口から告げるのは躊躇われる。


しかも罪状は妹殺しである。

未遂とはいえ、殺人の罪で追われているかもしれないとは言い憎い。


というか、本音を言えば言いたくない。


カシムは信じてくれるだろうか。

メリッサはそんなことをしてはいないし、するつもりもなかった。


メリッサはただ眠りが浅いというマリエラに対し薬草茶を煎じて渡しただけだ。


きちんと説明すればカシムはきっと信じてくれる。

そうは思うけれど、もし、信じてもらえなければ?

よしんば信じてくれたとしても意味はないのだ。


何故なら事実がどうであれ王国においての事実が覆るわけではない。


メリッサは犯罪者で、もしもカシムが信じてくれたとしてもそのことに変わりはない。

マリエラのおかげで正式に訴えられてはいないと聞いたが、今もそのままかはわからない。

むしろ王国の兵士がメリッサらしき人物を探していたことからすればーー。


ぐるぐると頭の中がかき回させている気分で、なんだか眩暈がしそうになってきた。


はふぅ、と息を吐けば、すぐ隣でカシムもまた小さくため息をついているのが視界の隅に見える。

カシムもまた今の状況を息苦しく感じているのだろう。


(申し訳ないわね……)


カシムは何も悪くないのに。


悪いのはきちんと事情を話せないメリッサで、カシムはこんなメリッサを受け入れてくれて、慕ってくれて、引き止めようとしてくれている。


「カシム、ねえ。聞いてくれる?」


すべては話せなくても、言えることは言おう。

それとお礼も。


(こんな私をそばにいてほしいと言ってくれるんだから)


婚約者に捨てられて、親に捨てられて、誰よりも信じていた妹に捨てられて。


茫然自失としていたメリッサが曲がりなりにも立ち直れたのは間違いなくカシムのおかげだ。

救われた、と言ってもいい。


なのにそのカシムとこんな状態のまま別れるなんて絶対にしたくない。


「……何?」


カシムが口を開いてくれたことにホッとする。


「あのね、私っ」

「……ちょっと待って」

「カシム?」


鋭い、それでいて押し殺したカシムの声に、メリッサは戸惑いながらカシムの顔を見下ろす。

心なしカシムの横顔は強張り、先ほどまでとは別の緊張感が見える気がした。


くん、とカシムが鼻を臭いを嗅ぐようにわずかに動かす。


「……臭い」

「……へ?」


(臭い?)


って私?と一瞬ドキリとしたが、すぐに辺りを見回すカシムの姿に違うのだとわかった。


メリッサも真似て鼻に空気を吸い込んでみる。


「……油、かしら」


つんと鼻につく刺激臭は調合に使う動物油の臭いに似ている。


「うん」


カシムも頷くと、指を森の奥に向けた。

折しもそちらはメリッサたちが向かっていたのと同じ方向だった。


(どうしてこんな所で油の臭いなんて……)


そう疑問に思ってからもう一度臭いを嗅いで、次の瞬間にはゾッと背筋を震わせた。


「なあ、間違いないよな?」

「ええ、動物油の臭いだと思う。それも大量の」


しかも臭気が増した。

それに今微かに聞こえてきた水音は何かを撒いている音に酷似していた。


「行ってみよう。確かめないと」


カシムの言葉に、メリッサは一度は頭を振ろうとした。


とても危険かも知れない。

ここは駐屯地に戻って誰かに確かめてもらうべきではないか。

少なくともカシムには戻ってほしい。


けれどカシムは決意を秘めた瞳で前を見据えている。


メリッサが止めたところでカシムは首を縦に振るだろうか。

ぐずぐずしている暇もあるとは思えない。


「カシム約束して?」

「うん?」

「確かめるだけ。危険だと思ったらすぐに引き返すって」

「わかってる。でも状況は確認しておかないと」

「うん」


先に立ったカシムが右手を差し出すのを握って、メリッサは共にゆっくりと歩き出した。


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