どうやらストーキングされています。
「メリッサ?どうかした?」
駐屯地からの帰り道。
先程から頻繁に後ろを振り返るメリッサにカシムが首を傾げながら尋ねた。
「……うん。ちょっとね」
メリッサは言葉を濁して返事をする。
そうしてほんの少しだけ歩く歩幅を広げた。
足の下で落ち葉や枝がカサカサと音を立てる。
駐屯地と開拓村を繋ぐ森の小道はすでに薄暗く、前を歩くサナムの手にあるカンテラの灯りが頼りだった。
メリッサはサナムの隣に追いつくとまたチラリと後ろを見る。
後にはカシムと最後尾を歩くネスタ。
その後ろ。
木々の間に隠れてチラチラと覗く赤い頭。
(あれって真剣に隠れるつもりないわよね?)
曲がりなりにもあちらは訓練された人間でこちらは素人だ。
本気で隠れるつもりならメリッサが気付くことなどないはず。
(やっぱりクロイス様絡みしかないかしら)
それ以外にあの人がメリッサを連日尾行する理由が見当たらない。
あれはちょうどメリッサがクロイス・ヘルトバルト閣下をクロイス様、と呼ばされるようになった夜の次の日。3日前のことだ。
患者の数も半数以下に減って、流行り病が集結に向かっていることを感じさせる診療所の天幕にその人は現れた。
フラリと散歩の途中にでも立ち寄ったような足取りで。
目立つ赤い髪にクロイス様が着ているのとデザインの同じ軍服。ただよく見ると襟に刻まれたラインが一本足りなかった。
上着は前が開いて、中のシャツも襟元が着崩されている。
閣下ーーいやクロイス様がいつもキッチリ着こなしているのと対称的に、ずいぶんラフな出で立ちであった。
「君が手伝いに来てるっていう薬師さん?」
何故かまっすぐにメリッサの側にやってくると、そう言った。
「……はい」
メリッサは濡れた布で患者の上半身を拭っていた手を止めて答える。
患者は40代ほどの兵士で、男性。
普段なら男性の半裸なんてまともに見れないのに、患者だと思うと何でもないから不思議だ。
「……ふぅん」
無遠慮な視線に、落ち着かない気分になる。
(?なんなのかしら)
明らかにこの天幕にいる他の兵士たちとは階級が違う。そんな人にじろじろと見られて落ち着ついていられるほどメリッサは図太くはない。
自ずと身体は縮こまって、頭は下を向いてしまう。
「なんで王国の薬師がここにいるのかな」
「……え?」
「だって変でしょ?元々開拓村の人間でもない王国の薬師がこっちにいるのは。普通は砦側に行くものじゃない?」
「それは……」
なんと答えれば良いのか、咄嗟には出てこずメリッサは言いよどむ。
「……その、開拓村でここが一番流行り病が広がっている場所だと聞いて」
「でもここは帝国の駐屯地だよ?」
ぎゅっ、とメリッサはお腹の前で両手に布を握る。
はふ、と一度息を吐いて、
「そんなの関係ありません」
そう、きっぱりと答えた。
顔を上げて正面から目を見ると、赤毛の青年士官は驚いたように目を見開いて見返してくる。
青みがかった緑の瞳の奥にはメリッサやクロイス様と同じ金色の輪があった。
「私は薬師ですから。どこの国の人だろうと患者には違いありません。薬師は怪我人や病人がいる場所ならどこにでも行きますし、誰だろうと治療します」
それはメリッサが師匠や町の薬師たちから教わったことの一つ。
凛とした表情で告げたメリッサに、その人は「……そっか」と小さく笑ったようだった。
「変なこと聞いてゴメンね。忙しいからもう行くわ。またね、メリッサちゃん」
ひらひらと手のひらを振って踵を返す。
あまりにあっさりと去って行ったもので、メリッサは名乗ってもいない自分の名を呼ばれたことに後になって気付いた。
単純に誰かに聞いていたのかも知れないが、なんとなく気になった。が、すでに立ち去った後では確かめることも出来ない。
メリッサは喉の奥に何かがつっかえたような気分のまま、その日の手伝いを終えた。
その後にはいつものようにクロイス様の膝枕になったのだが、言い出すきっかけがなく、そのまま村へと戻った。
その次の日から。
赤毛のその人は何故か駐屯地から開拓村へと帰るメリッサの後をついてくる。
開拓村に入るのを確認すると、帰って行くようだった。
最初は疑われているのかと思った。
王国に情報を流しているのではないかと。
だがそれならば自身でなく部下にさせそうに思えるし、開拓村に帰った後の方が王国の人間に接触する機会は多いはずだ。
となるとやはり心当たりは一つで。
(クロイス様に言ってみた方がいいのかしら)
彼自身が絡んでいるわけではないように思う。
多分だけれど。
今のところ害意は感じられない、だがもしもの時にはメリッサだけでなくカシムたちも危険だ。
(明日、言ってみよう)
そう決めてから、クロイス様を自然に頼ろうとしている自分に気付いて戸惑う。
いざとなれば彼が助けてくれる。
そんな風に考えていたことに気付いてふるふると首を振った。
(甘えてちゃダメ)
彼はあくまでも自分の患者だ。
やり方は違えどあれはあくまでも治療の一貫で。
(もうすぐ私はここを去るんだから)
メリッサは流行り病が終息すれば開拓村を出るつもりだ。
すぐにお別れの時がくる。
だから。
(だから、あの人を意識してはダメ)
一度だけ、キスをした。
けれど、その後はまたいつも通りで、何もない。
(何もないし、私はなんとも思ってない)
もう忘れなければ。
あれはただお互い流されただけ。
「ねえ皆」
メリッサは自分を後押しするように声を上げた。
「私、近い内に村を出るわ」




