副官のお仕事。
このところうちの上官の様子が怪しい。
帝国軍司令官の一人であり、公爵でもあるクロイス・ヘルトバルト閣下の副官という任務に着く彼はここ数日の閣下の様子にある疑いを抱いていた。
「絶対なんか隠してると思うんだよね!」
上位士官たちが集まる食堂となった広い天幕の片隅で、昼食を頬張りながら赤髪の帝国軍魔法師団副団長カルロ・スレイブはそう向かい合わせに座る女性騎士に訴える。
長い金髪を後頭部は高い位置に一つにくくった女性騎士はただ「……ふぅん」とだけ返した。
他国では珍しい女性騎士だが、帝国に於いてはさして珍しくはない。
それは帝国だからこそ。
魔女の国である帝国に於いては力や体力では劣る女性であっても魔力を持つ魔女であれば男性以上の働きが充分にできると立証されているからだ。
「……で?」
「で?って気にならない?気にならないの?カレンちゃん」
「私はそのあんたのちゃん呼びの方がずっと気になるね」
「えーっ、だってカレンちゃんはカレンちゃんでしょ?」
「私のことをそんな風に呼ぶのはあんただけだよ」
そう言って頬杖を付く姿は確かにカレンちゃんと呼ぶには大人すぎる感はある。
肩凝りしそうな胸の肉はテーブルの上に乗っているし。
赤い肉感的な唇も琥珀の切れ長の瞳も細すぎない二の腕も長い薄紫に彩られた爪も。
どれも蠱惑的で艶のある大人の女性の持つべきものであり、ちゃん付けで呼ばれるような小娘が持つものではなかった。
だがカルロにとってはそんなことは関係がないようで。
「だってー!カレンちゃんとは三歳からの付き合いだし、ずっと昔っからカレンちゃんだからっ!変えるのも今更でしょ?それに一人だけ違うとかなんか特別っぽくていいじゃない。俺ってばカレンちゃんの彼氏だしーっ」
でれでれとやに下がるカルロの頬や耳は酒も入っていないのに仄かに赤い。
そんな照れるなら言わなきゃいいのに。
そう思いつつも自身もまた僅かに頬を染めて、帝国の女性騎士カレンティア・ロックフォード大佐はテーブルの上のコーヒーのカップに口を付けた。
独特の苦味が喉を通る。
コーヒーは最近帝国本国の貴族の間で広まりつつある飲み物で、大抵の女性は砂糖とミルクをたっぷり入れてカフェオレという状態にして飲むのが一般的らしい。
だがカレンティアは砂糖はほんの少し、ミルクはなしで飲むのが気に入っている。
そういえば目の前の彼氏はそれを一口味見して「……うがっ!」と顔をしかめていたな、と思い出す。
これでも普段は猫を被りまくった部下から慕われる立派な帝国将校なのだけれど。
カレンティアの前でだけは壊れる。
「で?それで私にナニをさせたい?」
音を立てずにカップを置いてそう尋ねたカレンティアに、「さっすがカレンちゃん。察しが良くて大好きだよ」とカルロはニッとイタズラっ子のような笑顔を向けた。
「まあ、これも副官のお仕事だと思うんだ。上官のことはなんでも把握しておかなくちゃね」
「ふん」
「閣下を尾行したい。けど俺だけだと確実にバレて撒かれる。だからカレンちゃんに協力してほしいんだ。ーーできるよね?カレンちゃんなら」
あの閣下相手に悟らせず尾行する。
それがどれだけ難しいことかわかっていて簡単に口にしてくれる。
だが少し面白い。
「いいだろう。ただしそう近くには寄れないぞ?」
「大丈夫!俺視力には自信あるからっ!」
カレンちゃん大好きっ!と投げキッスを投げるカルロに、カレンティアは苦笑しながらも小さく「……私も好きだぞ」と返す。
二人がいるのは食堂である。
上位士官の使用する食堂とはいえ時間もお昼時、それなりの人間が存在していた。
その彼らは。
バカップルのいちゃつきを見ざる聞かざるでそっと目を反らしていた。




