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とある者たちの受難。

「えぇい!止めろ!おい!聞こえないのか?貴様ら!?」


またも、馬車の中から聞こえてきた甲高い声に、御者台の男二人は顔を見合せた。


「今すぐこの馬車を止めて私を降ろせと言っているのだ!早くしろ!!」


ガンガンと背中の壁を蹴られて、二人は、


「……はぁ、ある意味これって才能だよな」

「人を苛立たせる才能か?それともげっそり疲れさせる才能か?」

「うぅむ、両方だろ。後嫌な気分にさせる」

「ああ、させられるな……」


ボソボソと小声でそのような会話を交わし合った。

そうしながらも手を上げて先導する兵士に合図を行う。


はたして何度目だろうか。


すでに数える気も失せて久しい。

10回は確実に超えているはずだ。


しかもまだ王都を出て一日も経っていない。


「まだ後半月以上はこれが続くのか」

「……やめてくれ。考えたくもない」


馬車の中で騒ぐ人物の移送。

それが彼らの任務であった。


総勢10名の行軍。



彼らは皆揃いの軍服に身を包んでいる。


白の上下に赤い金糸で王国の紋章がデカデカと刺繍されたマント。


派手で非常に目立つ装いである。


王国軍近衛隊第三軍隊の軍服であった。


近衛隊といれば国王の身辺を守る直属の部隊である。


本来であれば。


だが、今回彼らに与えられたのは、とある人物ーー第三王子ヘルト・アルバッハのウェルダール砦への移送。


当初はヘルト王子自身も馬に騎乗する予定であった。

だがあり得ないことが直前に発覚した。


王国の第三王子ヘルト・アルバッハ。

彼は、馬に乗れなかった。


いざという時は戦争に赴く貴族の子息にとって、乗馬は最低限、身に付けるべき教養であり技術である。

王子であるヘルトも教師が付けられ、当然習わされたはずだったが。


どうやら初めての乗馬で失敗して以来、これまでずっとサボり続けていたらしい。



致し方なく馬車が用意されたのだが。



用意された馬車を見るなり、


「この私にこんな安っぽい馬車に乗れというのか!」


そう駄々をこね。


ようやく乗車したかと思えば「尻が痛い」「狭い」「疲れた休ませろ」と文句と我が儘のオンパレードであった。



ゆっくりと馬車が止まり、その横に隊長を任された兵士の馬が横付けされる。


「今度はどうなされましたか?」

「なんだその物言いは!不敬だぞ!!喉が渇いた。茶の準備をさせろ!ずっと同じ体勢で足腰も疲れている。クッションはないのか?」


はあ、と隊長はこれみよがしに嘆息する。


「恐れながらここにはそんなものの用意はありませんよ。飲み物なら水筒を渡してあるでしょう」


ふん、とヘルトは鼻で笑い、


「こんな小さな水筒などもう中身は残ってはいないわ!」


そう言って水筒を手にし、ぶらぶらと振ってみせた。


「そうですか。それが貴方に割り当てられた今日の分の水の全てなんですがね。残念ながら余分な水はありません。まだしばらく村や町はありませんから、我慢して頂くしかありませんな」

「……ふざけるなっ!?私に喉が渇いたままでいろというのか?茶がないなら貴様らの分の水を寄越せ!」


そうやってギャンギャン無駄に騒ぎ立てるから喉が乾くんだよ。


隊長外周りで聞いていた兵士たちは皆同じ感想を抱いたものの、それを口に出す者はいない。


もう無視して馬を進めたいところではあるが、そうするとまたすぐに騒ぎ立てるのは明らかで。

一番側で被害に合う御者たちの精神的ストレスを思うとそれも考えものだった。


「……わかりました。ではこれを」


隊長は自身の馬に下げていた水筒を渡す。


「先を急ぐぞ!この分では今日中に町に着けん!」


周りに叱咤して馬を定位置に戻した。


「いいんですか?隊長の水が……」

「仕方ない。まあ大丈夫だ。問題は次からか」


どうせまた同じことはある。


今回の旅に余分な食料や水は詰んでいなかった。

あくまでも下位の兵士と同じ扱いをという命令のため、通常兵士が移動するのと同様に旅程ギリギリの量のみ。

後は立ち寄った町や村で補充することになるが、それとて馬の負担を考えるとそう多くはない。

日程がずれたりして足りなくなると近くの沢や川の水を利用する。


「そうだ。次からはあいつの分だけ適当な桶にでも川の水をくんでおこう」

「いいんですか?それ。まあ普段ならよくやることですが今は……」


王都勤務が主といえど、これから向かう場でナニが流行っているか、彼らはしっかりと把握していた。


それの原因と思われるものも。


「なあに、もう薬が効くとわかってるんだろう?だったら運が悪くてもしばらく下痢だの嘔吐だの熱だのに苦しむだけだ」


ニヤ、と笑った隊長に、


「まあ。そうなっても自業自得ですしね」


と、隣を進む兵士たちも一様に頷きあい、この時にヘルトの未来の一部が確定した。


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