膝枕。
いったい何がどうしてこうなったのか。
メリッサは混乱していた。
だって、いったいどこをどうしてこんなことになっているのか。
(わからない。……わからないわ)
どうして私。
初対面の男性に膝枕をしているのだろう。
きっかけというか、初めは名前を聞かれて、それからメリッサが何故彼を追いかけていたのか、その理由を改めて説明というか申し開き?をしていたのだ。
いわく。
メリッサは開拓村にお世話になっている旅の薬師で、流行り病のことを聞いて駐屯地内の診療所の手伝いを申し出て、今日一日看護の手伝いをしていた。
診療所の天幕を出たところで偶然見かけた人が具合が悪そうに見えたから、声をかけようとつい追いかけたのだと。
「……俺の具合が悪そうに見えたと?」
「ええと、はい」
「どこが?」
「どこが?……え、と、それは、そのーーわからないのですけれど」
メリッサは自分でも意味不明なセリフを言っているという自覚はあった。
そもそも具合が悪そうに見えたからと態々追いかけてまできたはずなのに、「わからない」は変だろう。では何をもって具合が悪そう、になったのやら、という話である。
しかも目の前の男性は顔色もよく特に気だるげな雰囲気もない。
先を歩いていた足取りも小走りに追いかけていたメリッサが見失うほど矍鑠としていたし、口調もしっかりしている。
疲れた様子どころか大爆笑していたし。
ーーむしろとても元気そうですよねって感じだ。
(……でも)
メリッサは膝の上で自分の指を絡ませる。
「あの、私、変なことを言っているのはわかってます。だけど……時々、見えるんです。その、人の身体の周りに靄みたいなものが。それが見えた人は元気そうに見えてもどこか具合が悪かったり後で倒れたりすることがあって。ごめんなさい。気持ち悪いですよね?こんなの」
初めてそれが見えたのはお母様ーー実の母が病に倒れる少し前。
家族で夕食をとって、穏やかにお茶の時間を楽しんでいた時だった。
紅茶を飲みながらにこやかに笑う母の身体を覆う灰色のそれ。
それは母の身体の内側から漏れでているようで、ゆらゆらと揺れながらカップを持つ指先やメリッサと同じ色の髪の先にまとわりついている。
それは唐突に見えて、驚いて目を擦っているうちに消えた。
見間違いかとその時に深く考えることも誰かにそのことを告げることもなかった。
その数日後に母は倒れ、そのまま日々のほとんどをベッドで過ごすようになった。
次に見たのは師匠の診療所。
母親に連れられてきた小さな男の子。
原因不明の頭痛に悩んでいて、朝起きると頭痛がする。けれどしばらくすると治っていてまた次の朝に頭痛がする。
その時は母に見たよりも薄く赤みがかった靄が頭の付近にだけ見えていた。
見え方も違っていたチラチラと見えたり見えなかったり、通っている間何度も見えた。
結局男の子は一月ほどで症状が治まったため、来なくなったが。
その後も何度か似たような靄を見るたびに、大抵後でその人が病になったりということがあって。
「本当にごめんなさい」
またやってしまった、と思う。
つい気になって見かけるたびに声をかけてしまうのだ。が、突然初対面の人間に「どこか具合が悪くないですか?」とか、言われても「なんだこいつ」という話で。
シュンとなったメリッサの顎を長い指が上向かせた。
ドキリと胸が鳴る。
(……何?ーー近いのだけど)
もうほんの少しで触れる距離で、顔を見下ろされる。
「ーーああ、妖精の眼か……」
「え?」
「瞳の奥に金の輪が見える。俺の瞳を見ろ。同じものが見える」
言われてメリッサは間近にあるアイスブルーの瞳を覗きこんだ。
澄んだ青い瞳の奥。
よく見るとそこには確かに金色の輪が見えた。
「魔力が見える眼だ。魔女には持っている者はそれなりにいる。妖精の加護だと言われているから妖精の眼と呼ばれる。お前には魔女の才能があるのかもな」
「……妖精の眼」
「この眼を持つ人間は他人の魔力が見える。人によって靄のように見えたり光のように見えたり、常に見えていたり相手の体調や魔力の状態によって見えたり見えなかったりする。俺の魔力は今少しばかり不安定でね。そのせいで見えたんだろう」
妖精の眼は魔力を見る。
人の身体とその身に宿る魔力は密に繋がっている。
そのため身体に不調があれば魔力に現れるし、逆に魔力が不安定であったりすれば身体にも不調が現れたりする。
そしてそういう状態の魔力は訓練をしていないメリッサのような人間にも見えやすいのだと、言われた。
「俺の眼にはお前の魔力が見える。暖かくて穏やかな魔力だ。……お前の魔力は落ち着くな」
「……なっ?」
低く呟くように言うと、彼はメリッサの隣に腰を下ろした。
と思うとそのまま身を横たえ頭を座るメリッサの膝に乗せる。
「具合が悪そうだからと態々追いかけてきたんだろう?確かに少し疲れている。だから、しばらく休ませてくれ」
そう言って目を瞑った。
すぐに聞こえてきた寝息にメリッサは頭を混乱させながらも、動けずにいた。




