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二人きり。

しばらくその人は爆笑というに相応しい笑い声を上げていた。


(あ、エクボ)


笑うとくしゃりと引き締まった頬が崩れて口許にくっきりとエクボができる。


それについ、可愛い、と思った自分にメリッサは慌てた。


(ななな、私初対面の人相手に何を!)


焦りながらも思ったより彼は若いのかも知れないとも思う。


なんというかエラソ……いや貫禄のある雰囲気だったため、30過ぎくらいなのかと勝手に予想していたのだけれど。


(20代後半、いえもしかして前半?)


その年で軍の上位士官なのなら。


(貴族ね)


それもそれなりに高位の。


それにしても彼はいつまで笑っているのだろうか?


(……笑い上戸、とか?)


いや、別にいいのだけれど。

そんなにも先程のメリッサの言動がツボに入ったのだろうか。


(そこまで面白いこともしていないと思うのだけど)


おかげで張り詰めた空気が弛緩してほっとしているのも確かで。


(でもいつまでも、というわけにも)


いかないわよね?とメリッサが声をかけるべきか、と口を開こうとしたその時。


ピタリ。


と、笑いが止んだ。


(……え?)


戸惑い目をぱちくりさせるメリッサの腕を、手袋に包まれた手が掴む。


そのまま引かれるままに近くの天幕にメリッサは押し込まれた。


(な、に……?)


突然のことに、メリッサは抵抗することも忘れてただ目を見開く。

その視線の隅に別の天幕の中から二人の兵士が顔を出したのがちら、と映ったけれど。


「こんなところで女を口説いてたなんて噂になったら奴になんて言われるか……」


そんなことをメリッサの腕を掴んだ男が呟いていたのは耳に入らなかった。




押し込まれた天幕は一人用の小さなもの。

小さいとはいえ一人で使用する用に整えられているものだから、恐らくは上位士官が使用するものなのだろう。


中には書類の積み上がった机にベッド、端には分厚い書籍の山がいくつも置かれていた。


メリッサはベッドの端に促されて座る。


(……他に座るところがないんだもの。仕方ないのよね?)


机に添えられた椅子があるにはあるが、それだと一人しか座れないのだし。


(でもでも)


どうしよう。


とメリッサは顔にはさほど出てはいないものの内心ではプチパニックだった。


師匠の助手として町に出ていたし、邸の小屋でも父が連れてきた男と二人きりなことはあったけれど。


(あの時は薬を作ってたし)


メリッサは薬作りやその勉強をするような、何かに没頭している時はあまり周りを意識しないでいられる。何より。


(あの小屋にはベッドなんてなかったし)


貴族の令嬢であり、町に出ている時以外は部屋に引きこもりであったメリッサは男性と二人きりで話をする経験も免疫もなかった。


婚約者であったヘルトとさえマリエラ抜きでは会ったことがなかったのだから。


そのため心臓は相手に聞こえてしまいそうなほどドキドキしているし、視線はアチコチ落ち着かなくさ迷ってしまう。


(い、いえ、大丈夫よ。私、今ボロボロだもの!)


服はろくに着替えていないしお風呂は町の宿で入れたのが最後。

今日はずっと働きづめだったおかげで汗臭いしそれこそ服には患者が吐いた吐瀉物がこびりついている。


(……こんなのに妙な気になんてならないわよね?)


うんうんと自分に言い聞かせていると少し落ち着いてきた気がする。


もっともここは女性の少ない戦場であり、いるのは女性に飢えた兵士たち。

そうなればメリッサは若い娘というだけでも充分襲われてもおかしくないのだが、所詮箱入りの令嬢であったメリッサにはそこまでの頭は回らなかった。


そんなメリッサを見て男性が「……リス?いやハムスターか」と呟いているのにも気付かなかった。


「あ、あの!」


とりあえず黙っているのはいたたまれないと、メリッサは口を開いた。

けれどそれ以上言葉が見つからない。

すると、


「名は?」


と向こうから訊ねられた。


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