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迷子、ですね。

(……どこに?)


カシムを一人にしてしまったのに、随分と時間が経ってしまった。


後を追った人影がメリッサが思う以上に足が早く、一向に追い付くことができなかったから。


しかもその人をついには見失う始末。

それに。


(……まずいわ)


きちんと周りを見ないまま奥に進んでしまった。

いったい何度天幕の隙間に通った道を曲がったのかも覚えていない。


天幕はどれも似たような形と色で、大きさこそ種類はあれど、それだってなんの気休めにもならない。

だって似たような大きさのものがいくつもあるのだから。


(私ったらどうして……)


咄嗟に追いかけてしまった。


考えても見れば後でアリストさんにでも特徴を伝えてそれらしい人の様子を確認してもらえば良かったのだ。


遠目に見たあの人は明らかに下位士官のものではない軍服を着ていたから、きっとアリストさんならすぐに誰だかわかったはず。


そうしたら少なくともメリッサが迷子になることはなかったはずだ。


(そう。迷子よね、完璧)


帰り道がさっぱりわからない。

日が暮れたからか、奥に入り込んだからか、周りには人の姿もない。


天幕の中になら人はいるのだろうか。

けれどメリッサのような明らかな部外者が声をかけて良いのだろうか。

勝手に軍の駐屯地をウロウロして、こんな奥まで入り込んで。


(下手をしたら私だけでなくアリストさんも叱責されるんじゃないかしら)


叱責だけで済むかもわからない。

不審者どころか王国の間諜だとでも疑われたら。


(いえ、それはないかしら)


迷子になって帰り道を訊ねるなんて間抜けな間諜などいるとは思えない。


悶々と一人唸っていたメリッサは背後に人が立ったのにも気付かなかった。

その肩を、ぽん、と軽く叩かれるまで。


「っ!……ぁっ」


慌てて振り返ると、先程までメリッサが追いかけてきた挙げ句見失った人がいた。


(……今は、見えない)


けれど間違いない。


黒髪に黒い軍服。

スラリと高い背。


「人を追いかけてなんのつもりだ?」


脅すような口調の低い声はほんの少し掠れていて、けれど耳障りではない。


(なんてキレイな人)


メリッサは間近に見た冷ややかな相貌に知らず見とれていた。

細面の輪郭にアイスブルーの瞳。

唇は薄く、肌はシミ一つない。


でもこんな男ひとと並ぶ女性は大変だろうな、ともぼんやり思った。


どんな美女でもこの人の隣では引き立て役になってしまいそうだ。


「……聞いているか?」


刺のある口調と声音に、メリッサは我に返った。


かぁ……、と頬が朱に染まる。


(私ったら!)


「あの、その……ごめんなさい!!」


ガバリと頭を下げる。


「あの、私。森の向こうの開拓村にお世話になってる薬師で、その、アリストさんにお願いして、こちらで手伝いを……。えっ、と具合が悪そうに見えて、だから、その」


ああああぁ!と呻いて頭を抱えたい気分だ。


自分でも何を言っているのかよく分からない。ていうかアリストさんの名まで出してしまった。

これでアリストさんに迷惑がかかったらどうするというのか。


メリッサはそう思って、今度は血の気が引く気がした。


わたわたと早口に「いえ、あの、その……っ」と言葉にならない声を上げたメリッサの耳に「……くくっ」という笑い声が聞こえた。


「……え?」


顔を上げると、目の前の男ひとが右手で脇腹を押さえて必死に笑いを堪えていた。


メリッサと目が合うと。


その人は堪えきれなくなったように腹を抱えて笑い出した。


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